こんな方々には、この本が自由をもたらしてくれるかもしれません。
- 自分の過去や出自などに、良くも悪くも縛られて不自由に感じている人、重荷に感じている人。
- 「自分はこういう人間のはずだ!」という理想や思いが強くあるのに、実は心の底ではそういう自分になれていないと感じている人。
- 生まれてきたからには何か意味のあることをしなくては、何か大きなことをしなくては、と思うがあまりに、動き出せずにいる人。
- 「『自己肯定感を高めよ』『ポジティブになれ』と言われても、それができてりゃ苦労しないよ」と、内心思っている人。
- 完璧主義の人。理想が高い人。
「自意識(アイデンティティ)と創り出す思考」(原題:IDENTITY、ロバート・フリッツ氏、ウェイン・S・アンダーセン氏共著、田村洋一氏 監訳、武富敏章氏 訳、2018年9月初版、Evloving)。
上記とは逆に、以下のような人にとっては厳しい内容かもしれません。
- 信じてさえいれば幸運が巡ってくるはずだと、行動や努力を怠っている人。
- 自分を愛しさえすればよいと、行動や努力を行わずに、悪い意味で自分に”優しく”している人。
- 自分について、自分の状況について、現実を直視できていない人。
- 物ごとを成し遂げることを、自己顕示欲を満たす手段として行っている人。
意識を自分自身ではなく、創り出したい成果に向ける
多くの世界的な指導者を啓発してきたフリッツ氏と医師・アンダーセン氏による共著である本書のメッセージは極めてシンプルです。
望む人生を生きたいなら、
自分自身にフォーカスを向けるのをやめ、創り出したい成果にフォーカスを合わせること、それだけだ。(p.248)
人間は社会的な生き物ですから、他人の中において自分が周囲からどう見られているかということを、無意識のうちにも気にしている人がほとんどだと思います。
それが何かの原動力になることもありますが、他人や相手の目を気にするあまり、本当はやりたいことなのに挑戦しなかったり、クリエイティブな活動をやめてしまったり、会いたい人に連絡を取らなかったり、という事例は、誰にでも思い当たるところがあるのではないでしょうか。
「この家に生まれたからには、この職業に就かなければならない」「この学問を学んだのだから、これを成し遂げなくてはならない」と、本当は他に望む道があるのに、”真っ当に”仕事を選んだりする例もあるかと思います。
この「自分が自分自身をどう見ているか」「他人にどう見られているか」というのを「自意識」と本書では言っています。
他にも自意識を作り出すものはいろいろあります。
生まれた国・地方、性別、年齢、信条、社会の中での役割、持っているもの・持っていないもの、過去の業績・失敗、所属グループ、教育、アイディア、知性、道徳律、宗教観など。
でも、この国ではこれが常識、などというものがつくられたのも、長い人類の歴史の中ではまだ最近のこと。私たちが従っている社会通念の多くはここ数百年以内のうちに作られたものではないでしょうか。
これらの自意識は所詮、自分自身が創り出した思い込みであり、そんなものに縛られているのはナンセンス。エネルギーの無駄。そんなことよりも、ビジョンを描いて、その実現のために全てのエネルギーを使え。冒頭の引用を更に意訳するとこんな感じかと。
また、少し観点は変わりますが、いろいろ行動を起こしているように見えるのだけど、実は本当の意味で創り出すことに力を注いでいるのではなく、「素晴らしい自分」を証明するためにやっているようなときも、そこに流れるエネルギーは歪(いびつ)です。
例えば、生徒や部下が成長することにフォーカスしているのではなく、「なんて自分はいいことを言うんだろう」と自己陶酔してしまう先生や上司など。
実際のところ、「自意識」に囚われている時、私たちはずいぶん見当違いなところにエネルギーを使ってしまっていて、本来流れるべきところにエネルギーが流れていません。
自意識の問題を片付けた人は、もはや自分を証明したり、弁護したり、評価したり、無理に何かになろうとしたりする必要がない。自意識が邪魔しなくなれば、本当に大切なことにフォーカスして人生を送ることができるようになる。それは自意識よりもずっと大切な「人生において何を創り出したいのか」ということだ。(p.6)
他人から自分がどう見えているかなんて気にせず何かに夢中に何かに取り組む。
失敗しても、ひどい姿になっていても、必死に何かを目指す。
誰もが一度はこんな経験をしていると思います。
そういうとき、自分でも驚くようなクリエイティビティが発揮されていたのではないでしょうか。それを常に試されているのが芸術家であり、スポーツ選手であり。
私たち一般の人たちも、この「自意識」が課してくる制約から切り離されたとき、自由でもっとクリエイティブに生きることができる。そのことを本書は思い出させてくれます。
なお、原題の「IDENTITY」を「自意識」と訳されたのは、絶妙と思いました。
「アイデンティティ」と訳されていたら、私には、本全体を理解するのが非常に難しくなってしまっていたかもしれないと思います。
緊張構造をつくりだす
では具体的にどのように望む人生を実現するのか、という問いに対しても、本書が指南するのはシンプルな教えです。
緊張構造(structural tension)をつくること。そうすれば、構造を貫く基本的な力学に従って、「緊張は解消に向かう」。まるで弓矢や筋肉の緊張・弛緩の構造力学と同じように。
緊張構造(structural tension)はふたつの要素から成り立つ。ひとつは創り出したいビジョンを明確に描くこと、もうひとつはビジョンに対する現在の居場所を明確に知ること(つまり行きたいところから見て今どこにいるのかを明確に知ること)だ。この二点の対比が、とても有用な緊張を創り出す。(p.69)
緊張構造の本質が単純明快であることを思い出して欲しい。「何を創り出したいのか」「今どこにいるのか」「創り出したいものを作り出すために何をする必要があるのか」、それだけである。(p.143)
この波に乗り続けていられる状況について、「前進するパターン(advancing pattern)」と表現されています。
ここで注意すべきが先述の「自意識」。自意識が入り込むと、緊張構造が絡まった葛藤構造(structural conflict)が起きてしまい、「揺り戻しパターン(oscillating pattern)」に陥ってしまう、と、警告されています。
この部分、まだ自分の言葉で表現できるほどに消化できている感じがしませんが、現時点では、例えばこういうことかと想像しています。
歌を歌ってみたいと、純粋に思う。=創り出したい欲求。
その欲求に従って、歌ってみる。楽しくて没頭したり、あるいは、うまくいかなくて何度も何度も繰り返し練習したり。
ここに「自分はいつも立派であらねば」という理想や「自分のような人間が歌を歌うなどあり得ない」などの思い込み(=どちらも、自分で自分のことをどう思っているか)や、「こんな下手な歌を聞かれたら大変だ」という恥(他人にどうみられているか)などという自意識が立ち現れると、理想とのギャップや他人に目に耐えられなくて、止めてしまう。
結果、創り出したいものが創り出せない。=揺り戻しパターン。
ここに自意識が登場しさえしなければ、当初の純粋な意欲に従って歌い続け、試行錯誤のうちに、いつか歌うことの面白さ・醍醐味にも到達するであろうに。=前進するパターン。
この「何かのふるまいは、「根底にある構造」によって決まる。(p.61)」「人生の中には構造があって、構造が物事を決定している。(p.60)」「構造を変えればパターンは変わり、人生を一点させることができる。(p.62)」という考え方は、この本で初めて出会い、構造を変えなければ何も変わらない、と、ハッとさせられました。
自意識を手放す
そうか、揺り戻しパターンに陥らないためには、自意識と自分をつなぐゴム紐を切ってしまえばいいのだ!そうすれば、ずっと前進するパターンに居続けられる!
・・・と気づいたところで、すぐさま手放せるほど自意識ってヤワなものでもないと思います。
そのために向き合うべきは、本当の自分自身。
例えばこのあたり(↓)を存在しないものとして扱っていると、むしろ自意識は増幅してしまいます。コーチングでもよくテーマになる部分ですが、本当に癒されて自由になるためには、自分の中のこれらを存在を否定するのではなく、その存在を受け容れていくことが鍵になります。
- 自分について持っている「嫌な思い込み(unwanted belief)」。これは自分が描く「理想」と表裏一体。(第2章)
- ダークサイド。(第16章)
また、集団自意識が悪く作用してしまう場合として、第13章は部族主義や過激なナショナリズムについて説明しています。この章は、この本の中で一番深く頷き共感しながら読んだところでした。
言うはシンプルなれど・・・
今一度、要点を書けば、
自分の創り出したい成果が何かを見つけ、現実を曇りのない目で見て、必要な作戦を立てて一歩ずつ成果に向けて歩むだけである。(p.5 監訳者)
なんとシンプル。
されど、これ、実践はかなり難易度高いと思います。
一つは、上記の自意識を手放すことの難しさ。
本書で繰り返し出てくる「自分は自分であって自分の概念ではない」「どんなに深い信念であっても、それは自分自身ではない」ということが助けの鍵になりそうです。
また、そういう概念から自分を切り離す手段としては、瞑想、マインドフルネスは役に立つだろうと思います。
もう一つは、「今どこにいるのか」というところ。これも、実は思うほど簡単ではないと思います。ポジティブすぎてもネガティブすぎてもだめであり、極めて客観的に正しく認識する。これが自然にできる人ってどれくらいいるでしょうか。
人間は見たいものしか見ず、聞きたいものしか聞かないもの。
実際は見たくないところを見ないようにしていたり、逆に、過度に悲観的になったり自分を過小評価していたりして、自分の現在地を狂って認識していることが少なくないと思いました。
更には「自分の創り出したい成果は何か」という問い。
これを直球で問われたら、ほとんどのオトナは、うっ・・・と答えに詰まるのではないかと思います。(まさにこういうときがエグゼクティブ・コーチやライフ・コーチの出番ですが。)
冒頭の監訳者の言葉が、より実感を伴って聞こえてきます。
まずは少し試してみて、もし効果を少し実感できたなら、もっと広範囲に、もっと深く、もっと大きな使い方をしてみてほしい。(p.5)
いきなり大きなことから始めようとせず、ちょっと気になっていたこと、ちょっとだけ今日の1日を刺激的にすること、そんな小さなことから始めていくのが良いのかもしれません。
同様に、手放す自意識も、小さなものから練習していくとよいのかもしれません。
気づいて、手放す、気づいて、手放す。意識して繰り返し練習していけば、気づけばいつのまにか当然のようにできるようになる日もくるのかと。
アイデンティティに役立つ面はないのだろうか・・・?
本は著者との対話、という名言は誰の言葉だったでしょうか。
実はこの本は、読みながら、著者たちの論調に「フリッツさん、アンダーセンさん、それはちょっと言い切りすぎじゃない?こんな場合もあるんじゃない?」と、反論したくなったりする場面も少なくなく、自分の中で、対話、というか、議論を展開しながら読んだ本でもありました。
一つは、IDENTITYの功罪について。
本書は、IDENTITY(=自意識)は望むものを創り出す過程において邪魔になるもの、という論調です。
他方、(あえてカタカナで書きますが) アイデンティティが、自分がこの世界において実現したいことを知るきっかけになる人が多いというのも現実に多く見られるものではないだろうか?とも思いました。
病気がちの親の元に育ったから、親を助けたいと思ったことをきっかけに医師になりたいと思う。
この文化圏に生まれたからこそ感じる問題意識がある。
このように、アイデンティティがきっかけとなって純粋な意欲やビジョンが描かれることもあり、その時、アイデンティティはその人にとって、良い意味でとても大切なものであるように思います。
また、自分が何者であるかを知ったということによって、とても地に足が着いたように感じ、そこからエネルギーを取り戻して、より意欲的に生きることができるように感じる人も少なくないと思います。
本書から学ぶ際は、あくまでIDENTITY(自意識)が自分を不自由にしていないか、本当に自分が望むものに向かっているのか検証してみようという、という風に解釈して読みました。
また、本書は、幸せへの処方箋として「自己を信じよ。自己の能力を信じよ。」「自己肯定感を高めよう。」「自分を愛そう。」など、最近巷でよく聞かれる提言を、大胆にバッサリと否定する内容です。
その論に同意できるところも大いにありましたが、その批判がかなり痛烈なので、本書が一番伝えたいメッセージを伝えるために、それらの論をそこまで否定する必要はあるのかな?と少し疑問に感じるところもありました。
自己啓発系の本やセミナーが有象無象出てきている昨今。本質を追求し続ける著者たちの、世の人々にはニセモノに引っかかって欲しくないという思いの表れと解釈して読みました。
言葉としてはポジティブ思考や引き寄せの法則などは本書では否定されていますが、以下のような方々は、自意識の罠から解放されることに成功して、創り出したい世界に意識が向いているからこそこのようなことが起きているのだろうと思います。入り口は本書や構造思考ではなかったとしても、結果的には「前進するパターン」に近い状態なっていると思われ、このような状況の人にとっては、今のまま進めばよいのではないか、とも思ったりしました。
- 自分自身や宇宙を信頼したことで、全てが上手く回り続けている人。
- 本来の、ありのままの自分について自信を持ったことで、物ごとが上手く展開し続けている人。
- 真のシンクロニシティが起きて、今自分に必要なものを引き寄せ続けている人。
著者は、多くの人に人生を変える転換点を提供してきた方とのこと。先日の来日の際には直接話を聴く機会を逃してしまったのですが、翻訳の読み易さのおかげもあって、本書を通じてその知恵に触れることができました。前著のThe Path of Least Resistance: Learning to Become the Creative Force in Your Own Lifeにも興味が湧きました。
この記事は、こんな人が書いています。
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- 作者: ロバート・フリッツ,ウェイン・S・アンダーセン,田村洋一(監訳),武富敏章
- 出版社/メーカー: Evolving
- 発売日: 2018/09/10
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The Path of Least Resistance: Learning to Become the Creative Force in Your Own Life
- 作者: Robert Fritz
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2019年追記:最新刊
本書の中で良書として取り上げられている本。(「失敗という科目で成績A」)
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自意識については、この本が個人的には非常に説得力があったと感じます。
概念から自分を切り離すには、マインドフルネスは有効。
サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法
- 作者: チャディー・メン・タン,ダニエル・ゴールマン(序文),一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート,柴田裕之
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