4年前から毎週配信しているポッドキャスト番組「独立後のリアル」の相方が良いと言っていたので読んでみましたら...、タイトルからは想像できない、衝撃的な本でした。
「やさしい猫 」(中島京子 著、こちらの絵は文庫。単行本は、2021年8月初版、中央公論新社)
読売新聞夕刊の新聞小説として連載されていた小説(2020年5月〜2021年4月)で、第56回吉川英治文学賞受賞作、芸術選奨文部科学大臣賞受賞作、貧困ジャーナリズム大賞特別賞受賞作、NHKでもドラマ化されたとのことなので、よく知られている本なのかもしれません。
ぜひ読んでみてほしい本です。
あまりの理不尽さに、「は?」と思わず口から出ましたし、ハラハラしたり、憤りを覚えたり、いろんな気持ちを経験しながら読みました。
同時に、自分の無知も、知ることになりました。
日本のこと、日本にいる外国人のこと、全然わかっていなかった。
スリランカ人の彼の言葉に集約されます。
「日本人は、入管のこと、在留資格のことを、なにも知らない。それらを全て説明するのは困難だと思ったのです」(p.382)
その困難なことを、誰にでもわかりやすく小説という形で説明してくれているのが、本書です。
ネタバレありますので、知りたくない人は、ここで止めて、本を読んでください。
大まかなあらすじは、シングルマザーのミユキさんが、8歳年下の自動車整備工・スリランカ男性のクマさんと恋に落ち、結婚に至ったけれども、
その間にクマさんの失業やら諸事情あり、日本での在留資格の期限が切れてしまい「オーバーステイ」となる。
そのことから「不法残留・不法滞在」となり、事情を説明するための入国管理局に「出頭申告」に行こうとするが、その途中で警察に逮捕され、留置場に留め置かれ..。
ひとたび「不法滞在」となるとどうなるのか、
「退去強制」の決定がくだるとどうなるのか、
欧米人以外の外国籍の人が配偶者ビザを申請するとどういう目で見られるのか、
入管の収容施設がどういう環境であるのか、
どれくらいの期間にわたって収容されているのか、
出られる可能性はどれだけあるのか、
仮放免されても、そこにはどれだけの生活の制限があるのか、
入国管理局がどれだけの裁量を持っているのか...。
何も知らなかったし、そういうことで苦しんでいる人がいるということにも、正直、意識を向けてこなかったとも思います。
質問される側の心に傷をつけ、「蜘蛛の巣にひっかかった蛾みたい」(p.167)に感じさせられる当局の尋問は、決して外国人だけに起きることではなく、何か覚えのない罪を疑われて捕まることになった日本人にも、警察や検事とのやり取りの中で、十分に起こり得ることだと思います。
こういうことは、自分が窮地に陥ってみて初めてわかる。
そして、立場が弱くなった時に、国の制度や組織は、容赦無く冷たい。
日本は、立場が弱い人に対して、とても厳しい国かもしれない、ということも思いました。
日本だけではないかもしれないけど。
以下は、私の備忘録。ここから先は読まずに、本の方へどうぞ!
知らなかったこと1:日本で生まれても、日本の国籍は取れない。
「ハヤトは日本生まれだから、日本人なんじゃないの?」
「たとえばアメリカで生まれた子どもはみんなアメリカ人になれる。アメリカはそういう法律なの。だけど、日本では、両親のどちらかが日本国籍じゃないと、日本人にはなれないの。血統主義っていうんだけどね。だけど、たとえば同じ血統主義の国でも、フランスなんかだと、両親が外国人でも本人がフランスで生まれて五年間フランスで育っていれば、フランス国籍が取れる」
「日本は取れないの?」
「取れない。そして、赤ちゃんの時から非正規滞在のハヤトみたいな子たちは、赤ちゃんの時から仮放免になる。(中略)日本は、正規の滞在資格のない外国人は全員、収容するのが原則なの。だけど、さすがに赤ちゃんなんか収容できないから、仮放免。つまり、収容施設には入れないけど、母国に帰るのが前提で、送還までの生活は大幅に制限されるって形になるの」
「でも、ハヤトは日本で生まれたんだから、母国は日本じゃないの?」
「違うの。ハヤトの両親の国、トルコが母国になるの。仮放免の手続きに入管に行くと、早くトルコに帰りなさい、と言われる」(中略)
「学校は行けるの?」
「うん。日本国籍がなくても、学校は行ける。子どもには教育を受ける権利があるから、それは保証されてる。日本のふつうの学校に行くよ。日本の子と同じように育つから、中学生くらいになって親から自分の置かれた状況を聞かされて、びっくりする子もいるのよ」(p .245、マヤと麻衣子先生のやりとり)
知らなかったこと2:仮放免では、許可なしに県を跨ぐ移動ができない。
「まず、仮放免期間はだいたい一ヶ月とか二ヶ月とか決まってて、期限が来たら入管に出頭しなくちゃいけない。で、また一か月とか二ヶ月の仮放免許可をもらう。それから、正規の滞在許可がないので、仕事をしちゃだめ。あと、健康保険に入れないので医療費は全額自己負担なの。もう一つ大きいのが、移動が制限される。
(中略)
住んでるところが埼玉だとするとね、よその都道府県に行くには、入管にいちいち申請して旅行のための許可を取らなきゃいけない。それも、目的地をはっきりさせて、ほかのところに行ったりしちゃダメなの。
(中略)
守っていないのがわかってしまうと、仮放免許可が取り上げられて、収容されてしまう危険がある」(p.243、麻衣子先生)
心に残ったフレーズ
国境線は、ある日とつぜん引かれる。戦争の結果だったり、条約の発効によるものだったり。国境線近くで生きる人たちの自由に行動できる範囲はいきなり変わる。
国境はなにかから、国境の内側にいる人を守ってるものみたいな気がしてた。けど、だとしたら、なにから守ってるんだろう。昨日のお隣さんとの間に今日壁を作ることで、なにからなにを守ってるんだろう。(p.270)
「入管ってね、気の利かない門番みたいなんですよ。あいつもこいつも怪しい。入れたくない。入った者は管理ってね。そういうメンタリティがもういかんと言う人もいるかもしれないけど、僕は入管の仕事に誇りを持っていました。(中略)
じっさい、日本の組織暴力団とつながって人身売買や麻薬ビジネスをやる外国人マフィアだっていたからね。奴らとは戦争してたようなもんだし、自分が国を守ってるんだという意識はありました。ただね二十年仕事して気づくと、そういうんじゃない外国人だって、いっぱいいるわけですよ。(中略)
この国で、橋を造った、公園を造った、恋をした、結婚した、子どもができたって、そういう外国人がいる。不法就労と言われるかもしれないが、誰も傷つけていないどころか、僕らはその橋を使ってる。どうすんの?追い出すの?難民も、技能実習先で暴力に遭って逃げ出した実習生も?入管のメンタリティでは追い出します。でも、仕事が違うんじゃないかと。難民を保護したり、技能実習生の権利を守ったりするのは、そういう仕事をする人や機関がしっかりやるべきじゃないかと思うんですよ。気の利かない門番の裁量に任せずにね」(p.298, 上原さんの言葉)
「わからない。なにを聞くか、わからない。とても、意地悪なことを聞く。変なことを聞くだろ。え、そんなことない、そんなことしてない、そんなこと考えてない、と思うだろ。それを言うだろ。でも、その意地悪なことは、聞かれただけで、すごく傷つく。とても心が苦しくなる。違うよと言っても、心にとても痛い、痛みが残る」(p.309, クマさん)
最後の、「やさしい猫」についての、ナオキくんの考察が、本当にそのとおりだなぁと思いました。
私たちは、マジョリティになってしまうと、日常生活の中で聞こえてこない小さな声には、本当に、悪気なく、無頓着。
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