思いがけず、いい本に出会いました。
私の人生のバイブルに1冊追加。
「ゲゲゲのゲーテ」(水木しげる 著、双葉新書、2015年12月初版)
私が敬愛する水木しげるさんが、敬愛していたゲーテ。
本書は、水木さんが戦地にまで持っていったというエッカーマンの「ゲーテとの対話」上中下巻のうち、水木さんご自身が傍線を引いていた格言・箴言・警句から、現代の私たちにも指針になるようなものを選び、水木さんのエピソードを織り交ぜながら編集されたものです。
水木さんとゲーテの出会いは、1940年。第二次世界大戦勃発の翌年。
水木さんは18歳。
戦争が始まって、憂うつだった頃。戦争が嫌で嫌でたまらなかったというのは、他の本でも書いていらっしゃいます。
二十歳に近づき、戦争もきびしくなってきて、いつ召集になるかもしれなくなった。
それまでは哲学なんてものとは無縁に生きてきたわけだけど、死の恐怖を克服するために、どうしても読むようななりゆきになったんです。(p.15, 水木しげるインタビュー)
他にも、聖書やニーチェ、ショーペンハウエル、カントなどもむさぼるように読んだとか。
「遠からず、弾丸が飛び交う戦地に行くと思うと、"人生って何だろう"と探求したい気持ちがわき起こってきました。人生を深く考察するために本を読みあさった。ニーチェやカントやショーペンハウエルを読みました。聖書も読んだ。小説も山ほど手にしました。とりわけ『ゲーテとの対話』には生きていく上の基準が満載されていました。」(p.5, はじめに)
そして、1943年4月、赤紙が来ます。
そのとき、雑嚢(肩からかける布製のカバン)に「ゲーテとの対話」上中下巻の3冊を忍ばせて、故郷の鳥取連隊に入隊したと。
水木さんといえば、激戦地ラバウル(パプアニューギニア)に送られ、現地で片手を失って帰国した人ですが、その戦地までもこの3冊を持っていき、そして持って帰っていらっしゃったというのだから、この本がどれだけ水木さんにとって大切なものだったかが伝わってきます。
この3冊のうち、中巻は、境港の水木しげる記念館に現物展示があるそうです。ますます行ってみたくなりました。
ページを開くと、熱心に読み返したことを物語るように、ゲーテの一言一言に細かく傍線が引かれています。(p.7)
本には、人を助ける力があると思っています。
1冊の本が、人の命を救うことがある。
この本を読んで、それは本当にそうなんだと思いました。
出征して戦地で戦死してくることがお国のためと言われた時代。
戦争が嫌だと思っても、そんなことを口にするのは許されない社会。
日本中を覆うプロバガンダに脳内も精神も侵食されて、自ら勇んで出征を望む若者も多くいたであろう世の中。
本来であれば命の大切さを教えてくれるはずだった国内の賢者たちも、口を封じられていたかもしれない。
成熟した大人ですら、自分の精神の自由を守り抜くのは、とても難しい時代だったと思います。
そういう時に、先人たちが書き残してくれた言葉が支えになる。
空腹は満たしてくれなくても、魂を満たしてくれて、精神を保たせてくれる。
国にとって有害とみなされる本が焼き払われてしまう国々もある中、こういった本がまだ入手可能だったことは、それだけでも幸運だったのかもしれません。
水木さんや「夜と霧」のヴィクトール・フランクル氏など、過酷な環境から奇跡的に生還した人たちに共通して感じるのは、肉体の力ということ以上に、「生きる」という強い意志と、外部環境に関わらず精神的な自由を自分の中に保ち続けた力です。
それは、逞しい強さというのとは違うのかもしれません。途絶えそうになっても、細い糸になっても紡ぎ続ける、そんな強さを感じます。
苦しい時に頼りになる本。
自分の精神の拠り所になる本。
自分を楽にしてくれる本。
そういうものに人生の中で1冊でも出会えれば、もう十分なのだと思います。
「読書が苦手」という声も多く聞くのですが、自分を応援してくれる著者との出会いの旅、と捉えれば、少し手が出しやすくなるでしょうか。
本書は私にとっての大事な1冊になりましたが、この読書録を訪れる方々にも、そういう出会いがあるといいなと思います。
そして、さて、私も、ちゃんと「ゲーテとの対話」を読んでみなくては。
以下は、引用されている93(←本書出版時の水木さんの年齢にちなんだ数字)の格言のうち、今の私に響いたものの備忘録:
ひとかどのものを作るためには、自分もひとかどのものになることが必要だ(p.38, 創作に必要な資質②)
目的を尋ねる質問、つまり、なぜという質問はまったく学問的でない。
だが、どのようにしてという質問ならば、一歩先に進めることができる(p.105, 質問の善し悪し)
忠告を求めるも者は目先きがきかず、与える者は僭越だ(p.154, 忠告なんて要らない)
足るを知り、分に安じることを知ってさえいれば、誰だってたやすく十分な自由を手に入れられるのだ。
いくら自由がありあまるほどあったところで、使えなければ何の役に立つだろう!(p.158, 自由について①)
誰しも、自分自身の足元からはじめ、自分の幸福をまず築かねばならないと思う。
そうすれば、結局まちがいなく全体の幸福も生れてくるだろう(p.168, 幸福について)
私が人生の終焉まで休むことなく活動して、私の精神が現在の生存の形式ではもはやもちこたえられないときには、自然は必ず私に別の生存の形式を与えてくれる筈だ(p.180, 死について)
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