ここみち読書録

プロコーチ・けいこの、心の向くまま・導かれるまま出会った本の読書録。

君たちはどう生きるか

超ロングセラー。

宮崎駿監督の映画「君たちはどう生きるか」を観てきたら興味が湧いて、読んでみました。

ちなみに、映画のストーリーと、本書のストーリーは全く異なります。

君たちはどう生きるか」(吉野源三郎 著、岩波文庫)

 

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

 

感想をただ一言で言えば、想像をはるかに超える、とっても良い本でした。

名著と言われるものや、ロングセラーになっているものは、やはりそれなりの理由があり、故に読むべきものなのだなぁ、と思いました。

こういう時、もっと早く読めばよかったと思うのですが、今の私だから理解できるものでもあり、やっぱり私にとっては今が読み時だったのだろうとも思います。

 

主人公コペル君(本田潤一君)と、その叔父さんのノートとで展開されるお話。

コペル君の実体験から起きる気づきと、その気づきを、子どもにもわかる表現で応援の気持ちと共に現実につなげていく叔父さんとのやりとりで、リアルさと普遍さとが立体的に描かれてくる感じがします。

自分で感じること・自分で考えることの大切さ、大義を振りかざすことの危うさ、愛国心の誤用、本当の英雄とは何であるのか、自己欺瞞への向き合い方、など。

メッセージが心に響くだけでなく、構成や文章もとても読ませるもので、すぐにこの世界に引き込まれます。

 

素晴らしい箇所が沢山ありますが、私がきっと何度も読み返したくなり、そして人にも伝えたくなるのはここ。

 君は、水が酸素と水素から出来ていることは知っているね。(中略)こういうことは、言葉でそっくり説明することが出来るし、教室で実験を見ながら、ははあとうなずくことが出来る。 ところが、冷たい水の味がどんなものかということになると、もう、君自身が水を飲んで見ない限り、どうしたって君にわからせることが出来ない。誰がどんなに説明して見たところで、その本当の味は、飲んだことのある人でなければわかりっこないだろう。(中略)――こういうことが、人生にはたくさんある。
 たとえば、絵や彫刻や音楽の面白さなども、味わってはじめて知ることで、すぐれた芸術に接したことのない人に、いくら説明したって、わからせることは到底出来はしない。殊に、こういうものになると、ただ眼や耳が普通に備わっているというだけでは足りなくて、それを味わうだけの、心の眼、心の耳が開けなくてはならないんだ。 しかも、そういう心の眼や心の耳が開けるということも、実際に、すぐれた作品に接し、しみじみと心を打たれて、はじめてそうなるのだ。まして、人間としてこの世に生きているということが、どれだけ意味のあることなのか、それは、君が本当に人間らしく生きて見て、その間にしっくりと胸に感じとらなければならないことで、はたからは、どんな偉い人をつれて来たって、とても教えめるものじゃあない。 
 むろん昔から、こういう事について、深い智慧のこもった言葉を残しておいてくれた、偉い哲学者や坊さんはたくさんある。今だって、本当の文学者、本当の思想家といえるほどの人は、みんな人知れず、こういう問題について、ずいぶん痛ましいくらいな苦労を積んでいる。(中略)だから、君もこれから、だんだんにそういう書物を読み、立派な人々の思想を学んでゆかなければいけないんだが、しかし、それにしても最後の鍵は、——コペル君、やっぱり君なのだ。君自身のほかにはないのだ。君自身が生きて見て、そこで感じたさまざまな思いをもとにして、はじめて、そういう偉い人たちの言葉の真実も理解することが出来るのだ。数学や科学を学ぶように、ただ書物を読んで、それだけで知るというわけには、決していかない。
 だから、こういう事についてまず肝心なことは、いつでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えてゆくことだと思う。 君が何かしみじみと感じたり、心の底から思ったりしたことを、少しもゴマ化してはいけない。そうして、どういう場合に、どういう事について、どんな感じを受けたか、 それをよく考えて見るのだ。そうすると、ある時、ある所で、君がある感動を受けたという繰りかえすことのない、ただ一度の経験の中に、その時だけにとどまらない意味のあることがわかって来る。 それが、本当の君の思想というものだ。これは、むずかしい言葉でいいかえると、常に自分から出発して正直に考えてゆけ、ということなんだが、このことは、コペル君!本当に大切なことなんだよ。ここにゴマ化しがあったら、どんなに偉そうなことを考えたり、言ったりしても、みんな嘘になってしまうんだ。(p.51-54)

肝心なことは、世間の眼よりも何よりも、君自身がまず、人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ。(中略)いいことをいいことだとし、悪いことを悪いことだとし、一つ一つ判断をしてゆくときにも、また、君がいいと判断したことをやってゆくときにも、いつでも、君の胸からわき出て来るいきいきとした感情に貫かれていなくてはいけない。(中略)

 そうでないと、僕やお母さんが君に立派な人になってもらいたいと望み、君もそうなりたいと考えながら、君はただ「立派そうに見える人」になるばかりで、ほんとうに「立派な人」にはなれないでしまうだろう。世間には、他人の眼に立派に見えるように、見えるようにと振舞っている人が、ずいぶんある。そういう人は、自分がひとの眼にどう映るかということを一番気にするようになって、 本当の自分、ありのままの自分がどんなものかということを、つい、お留守にしてしまうものだ。僕は、君に そんな人になってもらいたくないと思う。
 だから、コペル君、繰りかえしていうけれど、君自身が心から感じたことや、しみじみと心を動かされたことを、くれぐれも大切にしなくてはいけない。それを忘れないようにして、その意味をよく考えてゆくようにしたまえ。(p.56-57)

 

現代の私たちにも真っ直ぐに刺さってくる言葉。

中身も素晴らしいのですが、本書の大きな価値は、これが1937年に出版されているということにあると感じます。

その頃の日本は、1931年に満州事変、1937年に盧溝橋事件。その後、日中戦争、そして太平洋戦争へと突っ走っていく。

軍国主義が勢いづく中で、山本有三の思いで、少年少女向けの本として1935年に「日本少国民文庫」全16巻の配本がスタートし、本書はその最後の配本です。

当初はこの「君たちはどう生きるか」は山本有三自身が「倫理」を扱って書く計画だったところ、目の病により執筆が難しくなり、このプロジェクトの一員であり哲学を学んでいた吉野源三郎が書くことになったという経緯。

以下は吉野源三郎本人による作品についての解説と回想。

 『日本少国民文庫』の刊行は、もちろん、このような時勢を考えて計画されたものでした。 当時、軍国主義の勃興とともに、すでに言論や出版の自由はいちじるしく制限され、労働運動や社会主義の運動は、凶暴といっていいほどの激しい弾圧を受けていました。山本先生のような自由主義の立場におられた作家でも、一九三五年には、もう自由な執筆が困難となっておられました。その中で先生は、少年少女に訴える余地はまだ残っているし、せめてこの人々だけは、時勢の悪い影響から守りたい、と思い立たれました。先生の考えでは、今日の少年少女と次の時代を背負うべき大切な人たちである。この人々にこそ、まだ希望はある。だから、この人々には、偏狭な国粋主義や反動的な思想を越えた、自由で豊かな文化のあることを、なんとかしてつたえておかねばならないし、人類の進歩についての信念をいまのうちに養っておかねばならない、というのでした。 荒れ狂うファシズムのもとで、先生はヒューマニズムの精神 を守らねばならないと考え、その希望を次の時代にかけたのでした。当時、少年少女の読みものでも、ムッソリーニやヒットラーが英雄として賛美され、軍国主義がときを得顔に大手をふっていたことを思うと、山本先生の識見はすぐれたものでした。(p.302, 作品について)

 

軍国主義の危険を示唆するこの内容の本が当時の日本で出版できたこと自体が奇跡に思えますが、身の危険もあっただろう中で本書を出版するには相当の覚悟、勇気が必要だったはずです。

「それでも、この先の時代をつくっていく少年少女たちになんとしてもこれを伝えなくてはならない」という使命感には胸を打たれます。

 

そして、この時代を想像すると、タイトルの素晴らしさも改めて感じます。

「君たちは何のために生きるか」というタイトルであったなら、国のため、家のため、親のため、何かの大義のため、など、そんなものが出てきてしまいそう。

そうではなく、こんな不穏な時代の中で、君たちはどう生きるのか?

何を大事にして、何を信じて、どんな振る舞いで、生きていくのか。そのすべてが、「どう生きるのか」に込められているように感じました。

 

さあ、どう生きていきますか?

すべての人にぜひ読んで欲しい本。

 

 

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