ここみち読書録

プロコーチ・けいこの、心の向くまま・導かれるまま出会った本の読書録。

ビジネスと人生に効く 教養としてのチャップリン

脚本家 かつ 日本チャップリン協会会長 である著者のチャップリン愛が止まらない1冊。

ビジネスと人生に効く 教養としてのチャップリン」(大野裕之 著、大和書房、2022年11月初版)

ビジネスと人生に効く 教養としてのチャップリン

チャップリン。

おそらく、世界中の人が、この名前を聞けばその姿が目に浮かぶ。

これほど有名なのに、実はどういう人なのかあまり知らないなぁと思って、本屋で目に止まり、読んでみました。

 

ロンドンのとても貧しい地区に生まれた生い立ちから始まり、どのようにパフォーマンスのキャリアが築かれていったのか、作品を貫くものは何なのか、などが、それぞれの時代の作品紹介とともに紐解かれている本です。

 

あの放浪紳士・チャーリーのパフォーマンスは、どれほど磨き上げられたものなのか、ということがよく伝わってきました。

 

印象深かったことの一つは、アーティストとして卓越しているだけではなく、ビジネスパーソンとしても優れていたというところ。

事務所との契約金交渉も、自分の価値を分かった上で遠慮なく高い値段で交渉しているし、自ら映画制作会社を作っていった時も、スタジオへの大胆な投資をしています。

 

大きな成功の一つは、時流に乗った、そういう選択をしてきた、というのもとても大きそうです。

時代が大きく変わる年(1914年)に、チャップリンは<19世紀・イギリス・帝国・演劇>から、<20世紀・アメリカ・民主主義・映画>へと「移民」しました。まさに、チャップリンは、時代の大きな波にもっともうまく乗った男であり、自流と才能とが究極的に一致して、天才が花開いた稀有な存在だったのです。(p.53)

 

あのウォルト・ディズニー氏もチャップリンを敬愛しており、チャップリンがなければもしかしたらあのミッキーマウスは生まれていなかったかもしれない。

そんなふうに、後々のエンタメの世界を築いていった人たちにも大きな影響を与えていて、「喜劇王」という称号以上の存在の人なんだと感じました。

 

映画制作の過程が知れるのも興味深かったです。

一切の妥協を許さない完璧主義。

台本がなく、その場から創り始める。ボツになるフィルムの数は想像をはるかに超えます。

アーティストの中には、人と一緒に作り上げる人と、自分一人の世界観がある人がいると思いますが、チャップリンの場合は後者なのだろうと思います。一緒に制作していたらちょっと大変かもしれません。

 

映画「独裁者」で痛烈な風刺を向けて、正面から対峙したヒトラーとは同い年。誕生日はたった4日違い。

どちらも、そのパフォーマンスと存在感で人の心を掴んだふたり。

能力を何に使うのか。

それ次第で、世界は、恐怖にも覆われるし、笑いによって救われもする。

 

「喜劇」ではあるけれども、チャップリンの映画には悲哀も感じます。

貧しい境遇に生き、差別を見てきたからこそ、表現できる笑い。

 

母ハンナは、喉を痛めて部隊を休むことが多くなり、幼いチャールズと4歳年上の異父兄シドニーを、裁縫の内職などの仕事をして懸命に育てました。狭い屋根裏部屋には、近くの漬物工場からの悪臭が立ち込めていました。そんな中でも、母は、時折昔の舞台衣装を引っ張り出しては、かつての持ち歌を歌い踊ってみせて息子たちを喜ばせました。また、道行く人を面白おかしく描写しては子供達を笑わせ、その間幼い兄弟は空腹を忘れました。人が生きて行くためには、衣食住と同じくらい<笑い>が必要なものだということを、チャップリンは幼少期に身をもって知ったのです。(p.30)

幼少の頃、ロンドンの街を逃げ回る羊を見て笑って泣いた経験をして以来、チャップリンにとって、喜劇と悲劇は同じ事柄の裏表のようなものでした。笑い飛ばすという行為は反逆精神であり、悲劇を笑い飛ばすことで人は生きていけるのだという信念を、チャップリンは生涯貫くことになります。(p.90)

 

寂しくて悲しいからこそ、笑いが必要だと信条として言える。

ただ単に面白いだけではない、直接的にも間接的にも社会の構造に対する風刺も交えたヒューマニズム。

時代を超えて、愛される理由が改めてよくわかりました。

 

本書は、チャップリンのこともよく伝わってくるのですが、それ以上に日本チャップリン教会会長である著者のチャップリン愛も同じくらい伝わってきます。

そのメッセージをいくつかご紹介して、この記事を閉じたいと思います。

 

放浪紳士チャーリーのイメージの移り変わりを見ていくと、産業資本主義の発展と個人の関係をより深く把握することができます。(p.128)

 

わかりやすさに逃げることも独りよがりな芸術に囚われることもなく、厳しい自己検閲の上に最高の作品を産み出し、その時は理解されなくても個人の自由を貫き通すこと。その大切さと大変さを、究極のメジャーにしてインディーズであるチャップリンは教えてくれます(p.163)

 

チャップリンのヒューマニズムは決して頭でっかちな考えではなく、笑いを求めて何度も撮り直した末に体得したものなのです。だからこそ、そのメッセージは時代と国境を越える強度を得たのだということを、あらためて強調しておきたいと思います。(p.174)

 

余談的に驚いたのは、秘書は日本人(高野虎市)が務めていたということ。最初はドライバーとして。日本でもチャップリンが愛されているのは、そういうご縁もあるのかもしれません。

 

作品もちゃんと見直してみたくなりますし、自伝も読んでみたくなりました。

 

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