ここみち読書録

プロコーチ・けいこの、心の向くまま・導かれるまま出会った本の読書録。

1兆ドルコーチ ―シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え

コーチを職業としている身なら読まないと、という気持ちで、翻訳版出版直後に即購入したままになっていました。ようやく今年になってから読みました。今更感が半端ないですが、せっかく読んだので、投稿しておきます。

スティーブ・ジョブズ、エリック・シュミット、ラリー・ペイジ、シェリル・サンドバーグなど、シリコンバレーのCEOたちがこぞって頼った「コーチ」、ビル・キャンベル氏について、同氏が亡くなった後に、Googleの3人が追悼と感謝と愛と、彼の教えを残そうという気持ちからまとめた本です。

1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え」(エリック・シュミット氏、ジョナサン・ローゼンバーグ氏、アラン・イーグル氏 共著、櫻井祐子氏 訳 2019年11月初版、ダイヤモンド社、原題:Trillion Dollar Coach)

 

1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え

 

最近、日本でもコーチングは、ある種のブームだな、と感じます。

そのブームを起こすのに、この本は間違いなく貢献したと思います。

ビルの関わり方は、国際コーチング連盟が定義するところのコーチ、コーチングとは異なるところもあり、もしかしたらコーチ、コーチングについての誤解も生むかもしれないとも思います。

それでも、「コーチング」というものがまだ十分には浸透・普及していない日本で、

ビジネスにおいても「コーチ」という存在がいるんだ、

成功者たちこそこぞって「コーチ」をつけているんだ、

「コーチ」をつけることには意味や価値があるんだ、

ということが知られた意義はとても大きいと思います。

また、これまで、こういった所謂こころ・メンタルに関しては女性の方が感度が高かったように感じるのですが(コーチングを学ばれる方も、女性の方が多かった印象です)、

最近、若手の男性の方にそういう志向の方が増えているのも、この本の影響があるのではないか、と勝手に推察しています。

 

タイトルの「1兆ドル(Trillion Dollar)」は、ビルが関わった人たちがビジネスで大成功してそれくらいの価値に繋がっているから。アップルを立て直し、グーグルの成長を助け、他にも多くのCEOたちを助けています。

ビル自身は、本書によれば、コーチとしては報酬を受け取っていなかったとのこと。

アメリカン・フットボールのコーチからビジネスの世界に転身し、既にビジネスで十分に稼いでいたので、コーチとして収入を得る必要はなかったとのこと。

 

では、なぜ彼はコーチをしていたのかな、

何が彼の原動力になっていたのかな、と思えば、

それは、一言で言うと「愛」ではないかな、と思います。

 

人に対する愛。

成功しているときも、失敗しているときも、その人とその人の周りの人たちが元気にしているかどうか、幸せでいるかどうか、そこに純粋に心を寄せていた人なのだと思います。

 

その愛は、組織も、業種も、世代も超えて。

相手がシリコンバレーの成功者だろうが、少年のフットボールプレイヤーだろうが、関係ない。いや、この場合は、むしろ、少年たちの方が優先度が高い。

 

 私たちがビルから学んだこと、それは「愛してもいい」ということだ。チームメイトは人間であり、彼らの職業人の部分と人間の部分の間の壁を破り、愛をもってまるごとの存在を受け止めるとき、チーム全体が強くなることを学んだ。
 ビルの場合は、まるごとの存在を文字通り抱き止めた。(p.233)

 

メディアなど表舞台にはほとんど出てこなかった人なのに、彼の追悼式には、世界中から1,000人以上もの人が彼を慕って集まったというのは、それが偽善ではなく、本心からのものであったこと、そして心を寄せるだけではなくその愛を表現するだけの行動もしていたことの表れと思います。

 

私も、一人のプロフェッショナル・コーチとして、これくらい人から慕われて死ぬことができたら本望だなと思います。

 

本書を読むといいだろうなと思う方々:

コーチのための本というよりも、経営者の方々やマネージャー職についている方々にオススメだな、という印象です。

というのも、コーチがどういう関わりをしたかという以上に、ビジネスや経営をする上で何が大事か、ということが書かれているので。

シリコンバレーの挑戦者・成功者たちが経営において何を大事にしようとしているのか、などが感じ取れると思います。

この本でそれら全てを完全に理解することは難しいと思いますが、ここを入り口に、新しい概念を知り、他の本や論文で深めていくきっかけとなるのではないかと思います。

 

この本から、コーチとして勇気づけられるところ:

コーチングのスタイルは本当に人それぞれでいいんだ、ということ。

ビルは、汚い言葉も使うし、けしかけもする。

ネガティブなフィードバックを与える時も、攻撃的で容赦がない。(p.149)

同時に、ハグもする。

ビルは、ありのままの自分をさらけだしていた(p.161)

「ありのままの自分」をさらけだす
人はありのままの自分でいられる時、
そして全人格をかけて仕事をするとき、
最もよい仕事ができる。(p.163)


CTI(Co-Active Training Institute)でも、コーチそれぞれの個性を最大限発揮するようにコーチたちをトレーニングしていますが、コーチに「こうあるべき」などない、というのは、本書からも勇気づけられるところです。

もちろん、これは、コーチに限らず、すべての人に言えることなのですけれども。

 

この本で、誤解が生じないといいなと思うところ:

ビルの関わりには、純粋にコーチ的なところと、素晴らしいコーチングスキルを兼ね備えたメンター的なところと、両方あるな、というような感想も持ちながら読みました。

自分のビジネス経験から得たものも相手に教えている時もあるし、それらの経験があるからこそ「こうしろ!」「これはするな!」と強く正している時もあります。 (具体的な仕事の進め方という意味ではなく、これに意識を向けろ、などの意味で。)

こういう実務経験はコーチの特徴の一つではありますが、必須ではないと思います。

本書によって、「その業界の実務経験がないとコーチにはなれない」「その業界の実務経験がないとコーチとして信用できない」という風に世の中が認識することにならないといいな、と思います。

じゃあ、コーチングって何?という話になると思いますが、国際コーチング連盟ではこのように定義しています。

コーチングとは、思考を刺激し続ける創造的なプロセスを通して、クライアントが自身の可能性を公私において最大化させるように、コーチとクライアントのパートナー関係を築くことです。

対話を重ね、クライアントに柔軟な思考と行動を促し、ゴールに向けて支援するコーチとクライアントとのパートナーシップを意味します。(国際コーチング連盟 HP)  


また、コーアクティブ®︎・コーチングについては、説明会などでは、こんな風にお伝えしています。

コーチをする側と受ける側がともに対等な立場で、互いの持っている力を存分に発揮し合いながら、望ましい変化を一緒に創り出していく、という考え方や関わり方


「思考を刺激し続ける創造的なプロセス」において、実務経験を持っていることは必須ではありません。

逆に、実務経験を持っていることが、既定路線上の問題解決を思い浮かべてしまい、かえって邪魔になることもあります。

CTIでトレーニングしていても、ビガーゲームでワークショップをしていても、経験豊富なシニアな方が、20代の方に関わってもらって大きな気づきを得ているという場面も多く見られます。

私自身も、全く接点がなかった業界の方々のコーチをさせて頂いたりしていますし、育児経験がないですが育児がテーマとなっても、問題なくコーチングの効果を感じて頂いているという実感があります。

コーチを探している方々は、「ビルのようにすごい人」から「何かを教えてもらおう」として求めるのではなく、この人と未知なる旅に出てみたい、この人には何でも話せる気がする、そんなコーチと出会って協働していって頂きたいと思いますし、

コーチになろうとしている方々も、ビジネスにおける実務経験のなさで不必要に自分を萎縮させないでほしいなと思います。

もちろん、知見を高めていくためにいろいろな勉強をしていくことは大事ですけれども。

人が人間的に成長していく上で直面する課題は、実はとても普遍的なものです。

 

いずれにせよ、今や世界を完全に飲み込んでいるシリコンバレーのCEOたち、今のグローバルな社会をリードする彼ら、ともすれば利益追求が最優先されがちな激しい競争の中に身を置く彼らに、

人を大切にすること、
チームとして仕事をすること、
ビジネスに愛を持ち込むこと、
ありのままの自分で経営すること、
人間的に成長していくこと、

などの大切さを浸透させたこと、

しかもそれをお金や名声のためではなく、ご自身の疼きからやっていたことは、

今と未来の世界に向けての、素晴らしい功績だと思います。

彼によるこのような関わりがなかったら、今、世界はもっと違う風景になっていたかもしれません。

 

ちなみに、私が最初にビルの名前を知ったのは、ハーバード・ビジネス・スクールが作ったケース・スタディ用の教材だったと思います。アップル社を題材にしていて、そこで主人公のドナ・ダビンスキーという女性の上司として登場するのがビルでした。

そして、スティーブ・ジョブズの本を読むと、そこでも何度も登場して、ビルがジョブズにとってとても大切な存在であることがわかります。

こうやって、いろんなものや人がつながって、その世界を臨場感を持って感じられるのも、読書の楽しみの一つ。

 

この記事の執筆者:畑中 景子|コーチを探す|CTIジャパン

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