ここみち読書録

プロコーチ・けいこの、心の向くまま・導かれるまま出会った本の読書録。

音楽は自由にする

面白かったです。とっても。

人生を綴った本に対する感想として適切な表現なのかどうかはわかりませんが。

学生の頃にこういう本を読んでいたかった。

音楽は自由にする」(坂本龍一 著、新潮文庫、2023年5月初版(2009年に新潮社より刊行された本の文庫版))

 

音楽は自由にする(新潮文庫)

 

坂本さん57歳の頃の著書。

自分の人生をふりかえりながら書くことは気が進まない、性に合わない、という前置きとともに始まりますが、いや、書いてくださっていて本当によかった。

断片的に知っていたことがつながって、ほぉ、、、とため息をつきながら読みました。

小さい頃から、自分の魂が求める方へ

リベラルなお母様のもとで育ち、自由学園系の幼稚園だったということなどもあり、幼少期から、自分の興味関心がはっきりしているし、それに向かってまっしぐら。

ひとりで電車で通園していた保育園の帰りに、渋谷で降りて映画を見て問題になっていたり、
小学生の頃から家では勉強せずに好きな音楽を聴き、
中学時代は小説にものめり込み、
高校時代は新宿のジャズ喫茶に入り浸り、学校ではストライキ、
芸大に入っても、所属する音楽学部の授業には行かず美術学部の学生とつるんでいる。

それぞれの場所で、いいものに触れ、いい出会いがあり、その後の自分につながっていく。

我が身を振り返ると、学校の勉強ばかりして一体何をやっていたんだろう?と思います。

親から勉強しなさいと言われたことは一度もないけれど、そうするもんだと思って宿題もテスト勉強もちゃんとやっていた。

そういうのを完全に無視するなんていう発想はまるでなかった。

当時の私は、「好きなことしてていいよ」と言われたところで、きっと何をしていいかわからなかったのかもしれません。

学校の勉強は体よく飛びついて達成感を得られる「何かやること」だったのかもしれません。

恵まれた出会い、行きがかり上広がる活動

読んでいて羨ましくなるのは、出会う面々。

編集者の父、帽子デザイナーの母、音楽が好きな祖父などの親戚、教育者にも恵まれているし、その先のキャリアでも、様々なインスピレーションをくれたり、坂本さんの才能を見出し開花させてくれる人たちと次々と出会っていきます。

環境が人をつくる、という素晴らしい好例。

ただ、それを無駄にしていないのは、ご本人によるところ。

面白いのは、一つのパターンがあって、だいたい最初は、自発的ではない。

「しつこく勧められたから根負けして」とか、
「やらなきゃいけなかったから、気が乗らないけど仕方なく」とか、
「誘われたからなんとなく」。

作曲の道も、さまざまな人々との出会いも、YMOも、バルセロナオリンピックの音楽も。

この本の執筆もそうですね。

そして、最初は斜めから構えているのに、「やってみたらよかった」みたいなことの連続。

ご自分では、「うしろ向きの人生」なんて表現してらっしゃる(p.303)。

だいたいそれが発展していく時の鍵は、「出会った人物や体験が面白いかどうか」にかかってるように感じられます。

「あれってああいうやつでしょ」「なんとなく好きじゃない」みたいな先入観があって、でも実際、その中の人物と話してみたら、とても話が通じて、「うわ、面白い」と思って心を動かされて、関わっていくようになる。

この、「自分で体験してみて良いものは良い」と手のひらを返すような素直さと、すごい・いいなと思えば国内外どこにでも出向いていく軽さが、世界が広がっていく扉をどんどん開いたんだろうなあと思います。

「行きがかり」に乗っかってみるかどうかで人生は大きく変わる。


その「面白いかどうか」の判断には、自分が幼少期から好きだったり憧れてきた世界観の軸があり、それが領域や業界を超えてつながりあうところに、次々と坂本さんの活躍の場が広がっていった感じがします。

それでも最初はいろいろ懐疑的なところは変わらないのはなかなか頑固だなとも思いました。笑。

 

垣間見る「らしさ」

自らの言葉で自分のことが淡々と語られているのも、本書の魅力の一つ。

「モテたいからそうしていた」「女の子と遊んでばかりいた」とか、

学校も行かず勉強しないのに、スラスラと芸大に受かってしまう自分を「嫌な感じですよね」とか。

父譲りの「あまのじゃくでありながら、人やものごとに惚れ込みやすく、すぐ夢中になる」様子についての、表層と内側の心理の記述も随所に見られます。(p.296)

例えばYMO。

 YMOの構想を聞いて、ぼくは驚くでもなく、「それはまあ、普通でしょう」みたいな反応をした。いいんじゃない?という感じ。心の中では細野さんのことをすごく尊敬していたんですが、なにしろそのころは不遜でとんがっていましたから、バンドに誘われたからといってワッと飛びついたりはしなかった。すでにお話ししたように「個人の仕事を優先したいんで」「でもまあ、時間のある時はやりますよ」というようなことを言いました。
(中略)
 でもぼくにとっては、それが生まれて初めてのバンド経験でした。バンドに入るというのは何か特別なことで、入ったらもう逃げられない、みたいな感覚もあった。それまでは何にも所属せずに、いつも片足だけ突っ込んで逃げられるような態勢でやっていたのに。あ、いよいよ来ちゃったな、という感じがした。「個人の仕事を優先したい」というのは、そういう意味での牽制もあったのかもしれません。(p.162)

細野さんに誘われて「片手間にやります」みたいな気持ちではじめたYMOの活動でしたが、いざ始まってみたら、どんどん思い入れが強くなっていったんだと思います。自分がYMOでやりたい音楽というのがだんだんはっきりしてきて、でもどうしても自分の思い通りにはならなくて、それがしんどい。そういうバンド活動の根本的なストレスは、YMOブームという環境のストレスと結びついて、どんどん増幅していきました。(p.182-184)

 結局、YMOといバンドにいた時期のことが、その後の自分の出発点になっているんだと思います。バンドとしての創造活動、表現活動をする中で、自分の作りたいもの、表現したいものが確立されていった。本当に塗りたい色というのが見えてきた。いま考えれば、それはものすごく良い環境だった。(p.187)

 細野さんと幸宏くんが、2002年ごろから、スケッチ・ショウというバンドを始めました。ぼくは「うらやましいなあ」と思いながら、指をくわえて見ていたんです、離れたところから。「ぼくだけ置いてけぼりだ」と思ったりして。やがて、ぼくがちょっとにじり寄ってみたら、向こうもそれを察して、「じゃあ、曲を書いてよ」と言ってくれた。ぼくは喜んで曲を書きました。3人そろっての活動が再開したのは、それがきっかけでした。(p.307)


あまのじゃくの裏で感じていたことが素直に語られているのには、真っ直ぐさを感じますし、とても可愛らしくも感じました。

年齢を重ねた後だから言えることだろうと思いますが。

もし同世代でとても近くにいたら、めんどくさ!って思うかもしれないですが。笑。

そう思うと、ご自身も「あとがき」で感謝しているように、本当に沢山の人たちからの愛とエネルギーを注いでもらって、坂本龍一という人ができていったのだろうなあと思います。

Musik Macht Frei

本書のタイトルが、とても好きです。

ヒトラーがつくった強制収容所の門に掲げられていた言葉は、「Arbeit Macht Frei」(労働は自由にする)。

人を自由にするのは労働ではない。

音楽こそが、人を自由にする。

本当にそうだなぁと思います。

 

この類の本を読むといつも思うのは、「ご存命の間に読んでおけばよかったなぁ」ということ。この本を読んでから活動などをリアルタイムで追うことができていたら、より一層坂本さんと繋がれただろうと思います。

そういう意味でも、ビジネス書なんて読んでる暇がない、と思う今日この頃です。

 

 

こちらのディグトリオさんのポッドキャストも合わせて聞くと、音楽も含めて楽しめます。

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