仕事柄、いろんな方々にお会いしますが、その方々も実に多様になってきているので、日々、自分の認識や理解も広げておきたいなと思っています。
ジェンダー関連で何か良い本はないですか?と何人かに聞いていたところ、教えてもらった中の一つがこちらの漫画。LGBTQ+の理解にもつながります。
「作りたい女と食べたい女」(ゆざきさかおみ 作、KADOKAWA、2021年6月初版)
「つくたべ」と略すのだそうです。
1巻〜4巻まで読んでみました。
料理が大好きな野本さんと、お隣のお隣に住む春日さんの物語。
マンションの同じフロアに住む2人の女性が、全くの他人から、料理を介して親しくなっていく展開です。
女性と料理。
この2つは、昔から切っても切れない。
女性なら料理はできて然るべき。
料理ができない女性よりもできる女性の方が重宝される、愛される。
「家庭的」「いいお嫁さんになる」っていう言葉も一緒についてきそうです。
「料理は好きじゃない」なんて、なかなか言えない。
好きじゃなくったって、家庭では女性がやるものだと、昔からそのように刷り込まれてきている。
(余談ですが、私の中では、勝手に、「料理が全くできない < レシピなど見ればつくれる < 冷蔵庫にある残り物でチャチャっと手早くつくれる」というヒエラルキーを描いており、残り物で手早くつくれる人に憧れたものでした。)
また、食べる量も、女性は男性よりも少量と思われている。
そういうバイアスや、社会的に期待される役割について、疑問を呈したところで、「まあ、他人がどういうかは放っておけばいいんじゃない?」という類いのやりとりで終わりがちなところを、
そういうバイアスや期待が人に与えている影響にまで踏み込んでいるところがいいなと思いました。
「あなたはあなたでいいんじゃない?」は、確かに、救いになる言葉。
だけど、場合によっては、少し切り離した感じになる時もある。
本当は、一段深いところでは、「人と違う自分も受け入れてほしい」「何気ない一言で影響を受けてきた自分の痛みを受け止めてほしい」というニーズがあるように感じます。
最近、このあたりが、ここからの多様性ある社会を一歩先に進める時の鍵になるような気がしています。
なるほどなぁと思ったのは、料理が好きで得意な野本さんが、職場に自作のお弁当を持って行ったときに、男性の先輩から「いいお母さんになるね」と言われて、違和感を感じるシーン。
料理はそんなに好きじゃない私から見れば、羨ましい褒め言葉にしか聞こえないのですが、
野本さんからすると、
自分のために好きでやってるもんを「全部男のために」回収されるのつれ〜な〜
と感じる。
つくりたいからつくるだけ。
それは男のためじゃない。
誰かのため、であったとしても、食べてもらいたい人は、男だけじゃない。
料理だけではなく、「食」「食べる」ということ自体にも、日本の社会にはバイアスがあるかもしれません。
テレビでも食レポが異様に多いのは、その背景には、「みんな絶対に食べることは好きなはず」という前提があるからだろうと思います。
「今日は食べなくてもいい」などと言おうものなら、「どこか悪いの?」「ちゃんと食べたほうがいい」とたたみ込まれてしまうこともあります。
この漫画の中にも出てきますが、食べることが好きではない・苦手、という方々も一定数いらっしゃるだろうなぁと、改めて思いました。
衣食住が満ち足りた時代だからこその多様性と言われればそれまでですが、今私たちが生きているのは、もはやそういう時代です。
物語は、途中から、野本さんが、レズビアンであることも自覚していくストーリーになっていきます。
より詳しくは、こちらの書評がこのコミックの価値を上手に表現していらっしゃると思いました。一部コミックのページの紹介もあります
ドラマもあるようです。
この漫画を楽しむ一方で、最近始まったドラマ「不適切にもほどがある」(TBS)もとても面白く見ています。現在第2話。
変わりゆく社会、変わりゆく人の価値観と生き方。
「何が正しくて何が間違っているか」という論争を超えて、今私たちに何が起きているのか、性別・年齢・役割などそれぞれにどんな痛みを負ってきたのか、この先をどういう社会を願っているのか、そんなことがお互いに聴かれていくと良いのだろうなと思います。
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