ここみち読書録

プロコーチ・けいこの、心の向くまま・導かれるまま出会った本の読書録。

サボタージュ・マニュアル:諜報活動が照らす組織経営の本質

何かをうまくやりたいと思うとき、「うまくいく方法」を学ぶことはもちろん一案ですが、

それ以上に「これをやるとうまくいかない」ということを知ることは、

実は最も近道な学びだとも思います。

なぜ現代の多くの組織が、自治体が、こんなにもうまく回っていないのか、本書を読むととてもよくわかります。

サボタージュ・マニュアル:諜報活動が照らす組織経営の本質」(米国戦略諜報局(OSS)文書、越智啓太氏 監訳・解説、国重浩一氏 翻訳、2015年7月初版、北大路書房)

 

サボタージュ・マニュアル:諜報活動が照らす組織経営の本質

 

本書は、米国CIAの前身であるOSS(Office of Strategic Services, 米国戦略諜報局)が1944年1月17日に作成した、敵組織を内側からダメにしていくための数々の戦術を記した文書「SIMPLE SABOTAGE FIELD MANUAL」を和訳した本です。

1944年といえば、第二次世界大戦末期。

武力での戦いに加えて、敵国での諜報活動やレジスタンス活動なども重要な戦術だったと思われます。

このサボタージュ・マニュアルは、「OSSが、その活動の一環として作成した、一般市民向けの活動支援マニュアル」です(p.11)。

極秘資料として長らく非公開だったものが、”Declassified”(機密解除)されて、インターネット上で誰でも見れるようになりました。(GutenbergHomeland Security Digital Libraryなど)

 

https://www.gutenberg.org/files/26184/page-images/26184-images.pdf


だいぶ前にこのマニュアル原文をウェブで見た時、「すごく面白いから、誰か良い翻訳をしてくれないかなぁ」と思っていたのですが、訳したものが本となって出ているとは知りませんでした。

しかもナラティブ・セラピーの国重浩一さんが訳されていたとは。

国重さんの和訳に加え、日本語版の発刊に寄せて、犯罪心理学者・越智啓太さんによる心理学の視点から解説がついています。

最近、たまたま古本屋さんで発見、即購入。

 

改めて読むと、本当に面白い。

インフラや、生産活動や、組織をダメにする方法が、誰にでもできるレベルで書いてある。

ガソリンのエンジンタンクに砂糖を入れて、エンジンを動かなくしてしまえ(p.90)とか、

道路標識を間違った方向に変えよ(p.102)とか、

トム&ジェリーの悪戯ですか?、と思うようなものから、

ガス漏れを起こして爆発させて吹き飛ばせ、というような、直ちに生命を脅かす危険なものまで。

 

私たちの日常には実は仕掛けようと思えばいろんな危険がいっぱい、こんなに安全に暮らしていられることの方が奇跡のようにも思えてきます。

 

そしてやっぱり何よりも面白いのは、「11. 組織や生産に対する一般的な妨害」(p.113-118)。

というか、もはや笑えない。

いわゆるホワイトカラーを対象としたサボタージュ。

会社に勤めていた頃に、あらゆる規則の細かいところにこだわって、不可解な要求ばかりしてきたあの人は、実は、敵国のスパイだったのではないか?などと思ってしまいます。

あるいは、もしかして、日本の官公庁をはじめ多くの組織では、昔のスパイに教えられたことを、それをサボタージュと知らずむしろ金科玉条のようにして、組織が忠実に守ってきていたのかもしれない?

 

いくつか抜粋。

(a)組織と会議

1. 何事をするにも「決められた手順」を踏んでしなければならないと主張せよ。迅速な決断をするための簡略した手続きを認めるな。

2. 「演説」せよ。できるだけ頻繁に、延々と話せ。長い逸話や個人的な経験を持ち出して、自分の「論点」を説明せよ。(後略)

3. 可能なところでは、「さらなる調査と検討」のためにすべての事柄を委員会に委ねろ。委員会はできるだけ大人数とせよ(けっして5人以下にしてはならない)。

4. できるだけ頻繁に無関係な問題を持ち出せ。

5. 通信、議事録、決議の細かい言い回しをめぐって議論せよ。

6. 以前の会議で決議されたことを再び持ち出し、その妥当性をめぐる議論を再開せよ。

7. 「用心深く」するように主張せよ。「合理的」になれ。他の会議出席者にも「合理的」になるように要請せよ。後に恥をかいたり、問題となるような軽率さを避けなければならない、と。

8. あらゆる決断に対する妥当性について懸念を示せ。計画された行動はそのグループの権限内にあるのか、それが上層部の方針と矛盾していないのか懸念を投げかけろ。(p.113-114)

 

(b)管理職、スーパーバイザー(顧問)

(中略)

7. あまり重要ではない生産品に完璧さを求めよ。ごく些細な不備についても修正するために送り返せ。普通見ただけでは見つけられないような不備をもつ不良品は合格とせよ。

(中略)

10. 士気を下げるために、非効率的な作業員に心地よくし、不相応な昇進をさせよ。効率的な作業員を冷遇し、その仕事に対して不条理な文句をつけろ。

11. 重要な仕事をするときには会議を開け。

12. もっともらしい方法で、ペーパーワークを増大させよ。ファイルを複製することから着手せよ。

13. 指示、小切手などの発行に必要な手続きと認可を増やせ。一人でも十分なことに、3人が認可をしなければならないように取り計らえ。

14. すべての規則を隅々まで適用せよ。(p.114-115)

 

特に秀逸だなと思ったのは、上記(b)の10。

解説を読んで、なるほどと思いました。

心理学者のマーティン・セリグマンが、後に「学習性無力感」と名づけることになる概念だそうですが、「「自分がやったこと」と「成果や報酬」に関連がないことを学習することによってやる気が減退するという現象」つまり「「一生懸命やっても、何も変わらない、何も報われない」ということをたたき込むことによって、組織の成員のやる気を一気に失わせてしまう」ということ。(p.53)

意図的にこの学習性無力感をつくられると「効率的に一生懸命仕事をしている作業員は自分がやっていることがばからしくなるか、何をすればよいのかわからなくなって」しまい、「作業員の士気は大きく損なわれる」ことになる、と。(p.54)

表面的には誰も傷つけることもなく、でも着実に士気を低下させる。

この項目に限らないのですが、組織心理学などが学問として発展するよりも前に、こういうことが経験則的にわかっていて、しかも言葉にしてマニュアルになっているのは、すごいなと思います。

なんであの人が出世?!みたいなことは、現代でもよくありますが、これは実は上層部が見る目がないからなのではなく、士気を挫いてサボタージュするためだったとしたら・・・?!物の見方も変わるでしょうか。

 

物事をクリエイティブにスピーディに進めたかったら、チームに1冊本書をおいて、このマニュアルの逆をやればいい、ということになるかと思います。

逆に、面倒なやりたくない仕事に巻き込まれそうなときは、本書に書いてある戦術を巧みに使って、いかにももっともらしく、その仕事を遅延させたり、ひいては実現させないようにする、という本書の使い方もできるのかもしれません(サボタージュ合戦になりそうですが)。

 

ネットで英文読むだけでもいいのですが、やっぱり日本語で読めるとありがたい。

翻訳・監訳・解説に感謝です!

 

 

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