ここみち読書録

心の向くまま・導かれるまま出会った本の読書録。

アフリカ大陸探検史

先日、仕事でアフリカに行くことがあり、この地域の歴史や文化について飛行機で読むのに丁度よさそうな本はないかな、と図書館を歩いていたところ、この本に出会いました。「アフリカ大陸探検史」(アンヌ・ユゴン氏著)。

アフリカ大陸探検史 (「知の再発見」双書 (29))

 まずこの本を開いてみて感じるのは、絵の豊富さとその素晴らしさ。ヨーロッパの探検家がアフリカで目にした光景の迫力を、詳細に描かれた絵から感じることができます。壮大な自然風景には好奇心を掻き立てられますし、探検隊の様子からは多くの現地人を案内人・荷物持ち・警護に雇いながら大掛かりに困難な道を先に進んだ様子が伺い知れます。

内容は、その当時のヨーロッパの時代背景などの説明の後、個々の探検家たちに焦点を当てて探検の道のりや探検家の生涯が紹介されています。登場するのは、ジョン・ハニング・スピーク(ナイルの水源地=ヴィクトリア湖の発見)、デヴィッド・リヴィングストン(宣教師、探検家、奴隷貿易廃止に貢献)、ヘンリー・モートン・スタンリー(新聞社の特派員、後にベルギー・レオポルド2世の依頼を受けてコンゴ川流域を開発)、メアリー・キングスリー(女性探検家。男性探検家が大きな一行を率い、現地の慣習について文明的でないと見ているのに対し、身軽な旅、現地の風習にも理解を示そうとしている)などなど。

日本が初めて接したアフリカ人は、信長に献上された弥助でしょうか(1581年)。この本からは、欧州では、古代からアフリカへの思いを馳せていたことがわかります。ヘロドトス(紀元前5世紀)の時代から、地中海に流れ込む川の一つであるナイル川について「その水源はどこにあるのか?」が大きなテーマであり、探検隊は水源を求めて探検に出て行ったということ。プトレマイオス(2世紀)が立てた仮説ーアフリカ中央部には「月の山」と呼ばれる雪をかぶった山々があり、その北にある湖からナイルは生まれるーは、「あんな暑い地方に雪が降るはずがない」と当時は否定されたものの、19世紀の探検家たちの発見でようやく証明されたといったこと。そんなことを知ると、知恵を紡ぎ真実を突き止めようとする世紀を超えた一大プロジェクトのようにも思えます。現代の科学の仮説や研究もきっとこの先の世代の何かに繋がって行くのだろうと思うと、私たちが今生きる時代も大きなものの中の一部だと思ったりします。それにしても、現地の王が「水たまりを探すためにこんなに危険を冒して旅するはずはない」と警戒したとの記述がありますが、本当に、人間の探究心は止まるところをしらないのだなと思います。発見を持ち帰った探検家は欧州で一躍英雄になりましたから、名誉を得たいという目的も大いにあったと思いますが。

また、奴隷については、自分の知識がずいぶん足りないことを感じさせられました。奴隷は古代ギリシャから存在していますが(当初は戦争捕虜として)、アフリカにおいては、アメリカとの奴隷貿易や西欧による植民地支配よりも前の時代から、アラブ商人による奴隷貿易が行われており、アフリカ大陸から奴隷が中東やインドへと送られていたとのこと(ちなみにその奴隷貿易・象牙貿易の拠点として栄えたザンジバル(当時はオマーン帝国、今はタンザニア)は、その栄えた当時の古い街並みが今は世界遺産となっています)。また、アフリカ内ではもともと王国間や現地勢力間同士の武力を伴う対立があり、実際に奴隷狩りをしていたのはアフリカ人同士であったことは、読んでいても悲しくなります(もちろん、白人も最終的に買うという行為で加担していたといえます)。リヴィングストンは、アフリカの状況を見て、この奴隷貿易をやめさせることができるのは文明化したヨーロッパ人であるという強い信念と使命感を持ち、そのために、家族を祖国において再びアフリカに渡っています。時代時代によって目的や扱われ方は様々なのですが、先進国においても奴隷というものが禁止されたのは19世紀、つい最近のことなんだと、改めて思います。

 また、探検中に通る各地では多額の通行税が求められ、その都度、織物、針金、武器などを渡したこと、そのために出発前にはザンジバルなどで大量の買付が行われたことなどの記述があり、これによりアラブ商人をはじめ儲けた人たちは沢山いたと思いますが、こうやって元々銃などなかった世界にも武器は広まっていったのだなとも思いました。

アフリカの内戦が続く原因としては、西欧諸国が植民地化して民族に関係なく直線的な国境を引いたせいだというのがよく聞く話ですが、今回のように植民地政策よりも前の時代の話に触れると、それだけが理由ではなさそうだ、もっといろんな歴史や背景が複雑に絡まりあっている、という風に思えてきます。

奴隷貿易 - Wikipedia

アラブ人の奴隷貿易 - Wikipedia

ザンジバルの歴史 - Wikipedia

 

この本で私に一番響いたのは、最初の方に登場するジェームズ・ブルース(エチオピアの文学的・民族的な記録)の記録。

1790年に出版された「ナイルの水源地発見の旅」で、ブルースは当時のエチオピアの風習を詳しく報告し、外見は異国風でも「人間はどこでも同じだ」と結論している。(50頁)

外見は違っても、価値観は違っても、喜ぶ気持ち、愛する気持ち、悲しむ気持ち、美しさを讃える気持ちは皆の中にある。そういう意味で人間は皆同じ。それを知っているならば、矛盾しているようですが、外見や価値観が多様であること、人と違うことは、きっともっと受け入れることができるはず、と思います。多様であるから美しい、そういう世界になることを願います。

 

 この「知の再発見」というシリーズは図画が多くて面白そうです。他のも読んでみたくなります。

なお、本書を読まれる方は、135頁に各探検家が辿った道のりが地図で示されています。ここを参照しながら読むとわかりやすいと思います。(私は135頁に行ってから気づいたので、それまでは自分でgoogle mapを見ながら読んでいて苦労しました)。

アフリカ大陸探検史 (「知の再発見」双書 (29))

アフリカ大陸探検史 (「知の再発見」双書 (29))