こんな本があるよ、と教えてもらって読みました。
「人生が整うマウンティング大全」(マウンティングポリス 著、技術評論社、2024年2月初版)
タイトルだけでも面白いのに、帯の言葉に笑いました。
大事なのは「マウントフルネス」
3万以上の事例を収集・分析してきたマウンティング研究家「マウンティングポリス」が、80億総マウント社会を乗り切るためのナレッジを集大成した本。
「マウンティング」がイけてないもの、みっともないものとする論調が主流な中、いや、そんなこと言っても、世の中は結局マウンティング合戦だよね、とある種の開き直りのスタンスからの処世術。
自分らしく満ち足りた人生を送るうえで、不毛なマウンティング競争はできる限り回避すべきである。一方で、人間の行動の大半はマウンティング欲求によって支配されており、マウンティングから完全に逃れることはほとんど不可能である。だとしたら、マウンティングを一方的に否定するのではなく、「マウンティングは現代社会を生き抜くうえで必須の教養である」と肯定的に捉え、マウンティング人生を切り拓くためのツールと考える方が得策なのではないだろうか。(p.4 はじめに)
本書では、「マウンティング地獄」から脱出し、「マウントフルネス」を謳歌するためのノウハウを余すところなくお伝えしていきたい。本書と巡りあったすべての人々が、マウンティングという魔物から解き放たれ、「80億総マウント社会」を力強く生き抜いていくためのヒントとなれば望外の喜びである。(p. 5 はじめに)
マウンティング図鑑
第一章の「マウンティング図鑑」という名の事例集が面白いです。
やられたことある〜〜、見たことあるある〜〜と笑えるものもあれば、
あれ、これ自分、やってるかもしれないな、と思うものもあり。
自分は一度もマウンティングなどしたことがない、という方こそ、一度読んでみるといいかもしれません。そう思っているのは自分だけだったりして。
例えば....
大分類「グローバルマウント」、小分類「ニューヨークマウント」(p.23)
「申し訳ありません、その日はあいにくのニューヨーク出張でして、同窓会に参加することができません」
Recipe:飲み会などのイベントに参加できない理由として「ニューヨーク出張」を挙げ、自身のグローバルな活躍ぶりを周囲に見せつける。
「ごめんなさい。欠席します。」だけでいいよね。
「時差ボケマウント」(p.31-32)
「ロンドン→ニューヨーク→シカゴ→東京を1週間で回ったせいで、時差ボケのオンパレード。学生時代に夢見た世界一周はこんなんじゃなかった。」
Recipe:海外出張による時差ボケに悩まされていると愚痴りながら、多忙なスケジュールをこなしていることをアピールする。
そして、SNSのコメント欄ではこれに張り合う展開も。
コメント欄
「私も以前、東京→ロンドン→ヨハネスブルク→ドバイ→東京を1週間で移動したことがあります。あんなフライトはもう二度としたくないですね」
こういうの、ほんとに、見かけます。
他にも「仕方なく東大マウント」や「東大卒否定マウント」などの学歴系、
「インドマウント」や「質素マウント」などの達観マウント、
「霞ヶ関マウント」などの虎の威を借るマウント、などなど。
どこまで本気かわかりませんが、著者は、これらを"一流の人こそ実践するマウントのパターン"としてこの時代を力強く生き抜くために「ぜひとも繰り返し活用いただきたい」とあります。
(勝つよりも友達を増やしたいなら、やめておいた方がいいと思う...)
マウンティング・エクスペリエンス(MX)
笑ってしまう一方、昨今の世の中のモノやサービスは、私たちのマウンティング欲求を巧みに狙って、「マウンティング・エクスペリエンス(MX)」を高めるものがたくさん発明されているという指摘は、確かにと思いました。
本当にそのモノやサービスを愛して買う人たちがいる一方で、マウンティング目的でそれらを消費する人たちも、多分一定程度いるのだろうと思います。それは企業にとっては大きな収益源かもしれません。それが世の中にとって好ましいことかどうかは別として。
「マウンティングさせてあげる」のが超一流
本書では、"一流”の人たちのマウンティング術を紹介する一方、超一流は「マウンティングさせてあげる」こととも説いていて、それはまったく同感です。
その技術も書かれています。
人は誰しもマウンティングしたい生き物
本書は、マウンティングリテラシーを高めて生き抜こう、という方向で、私自身はそれはちょっと大変そうだなぁと思ってしまい、そこにはあまり乗りたくない感じになります。
ただ、人には、頂点に立ちたい、お山の大将になりたい、という欲求があるものだと考える方が楽である、というところは共感します。
私が好きな鹿島茂先生のご著書の中では、よく、人は「ドーダ」という自己愛的自己顕示が込められた「見せびらかし」のような表現行為をするものだ、というお話が出てきます。
それを読んでから、人はそういう生き物なんだろうなぁと思うようになりました。もちろん自分も例外ではなく。
古今東西、歴史を見てみても、お城などはその典型ではないかなと思いますし、家を持とうとするのも、根底ではそれと繋がっているのではないかな、と思ったり。
一方、そこで他人が登ってる山を狙い始めると競争が始まって面倒なことになりそうです。
抜かれた方も、躍起になって抜き返してきます。
一つしかない山の頂上を奪い合う、動物園の猿山そのもの。
その山の中いると、それこそが世界そのものに感じてしまうのですが、その生活圏やコミュニティから少し離れたところから見ると、なんでその山を巡ってそんなに争っているのかはよくわからなかったり、滑稽にすら見えることもあると思います。
例えば、ダボス会議を知る人たちの間では、そこに招待されることはすごいことですが、ダボス会議を知らない人からしてみれば、その招待回数を争っている人たちがいたら、それは動物園の猿山を見るように、それがそんなに大事なんですねぇ?と不思議に思うかもしれません。
自分は自分の山で快適に過ごしていたらマウントする必要もなく、マウントされることもなく、心穏やかに過ごせるかもしれない。「人生が整う」に込められた思いはこういうことなのかな、と想像しながら読みました。
本書については、ポッドキャスト「独立後のリアル」でも話しましたので、合わせてお楽しみください。
相方と話している中で、気づかずにマウンティングになってしまうことを防ぐ方法も見つかってきました。
Spotify、Apple Podcast、Audibleなどでお聴きいただけます。
<2026年2月追記>
本書を企画・プロデュースした勝木健太さんとつながることができ、ポッドキャストにもゲストでお迎えしました。
ぜひ音声でもお楽しみください。
LIFE AFTER : THE PODCAST 独立後のリアル
「自分らしく生きる」は究極のマウント ゲスト:勝木健太さん
本は、ポッドキャスト連動型書店・独立後のリアル に搬入しておきます。
遊びにいらしてくださいね。
後続本:
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