ここみち読書録

プロコーチ・けいこの、心の向くまま・導かれるまま出会った本の読書録。

ニーチェ 運命を味方にする力 「ツァラトゥストラかく語りき」を読む

難解そうだと思って、いつかいつかと思いながら、手が出せない本が沢山あります。

ニーチェの「ツァラトゥストラ」もその1冊。

先日読んだ「最強の女」にニーチェとフロイト、リルケを虜にしたルー・ザロメという女性が登場していて、ニーチェの人物像も感じる機会となりまして、これはいよいよ読む時かと思いましたら、実家にてこの本を発見。

とっかかりの入門書としては手軽でいいかもしれないと思って読みました。とってもわかりやすく、面白かったです。

ニーチェ 運命を味方にする力 「ツァラトゥストラかく語りき」を読む」(宮原浩二郎氏 著、PHP文庫、2010年4月初版、「ニーチェ・賢い大人になる哲学」(1998年5月初版、PHP研究所)を改題・加筆修正したもの)

 

 

ニーチェ 運命を味方にする力 (PHP文庫)

 

本には読み時があるなぁと思います。今回も思いました。

昔の私であれば、多分、ほとんど理解できない。あるいは、かろうじて文章としては理解できても、まるで他人事になっていただろうと思います。

現時点の読書感は、いたく共感できるところもあり、うう、ここはまだよくわからない、というところもあり。

 

だいぶ前に「超訳 ニーチェの言葉 」を読んだときに、正直なところ、無責任に軽い感じを感じてあまり好きになれませんでした。

本書の解説でその軽さの理由が分かり、そしてその数年間のうちに私自身も変容し、今は、この解説とニーチェが示そうとする方向「悦ばしき知識(Die fröhliche Wissenschaft)」にも至極納得・共感しました。

 

 ニーチェもまたすごい人の一人である。彼が傑出していたのは、その常軌を逸した真面目さにある。「うそ」「いつわり」に対する感覚が極度に発達していて、いたるところ人間のうそや偽善を嗅ぎつけないではいられない。何よりも自分自身に対して敏感で、自分をごまかすことができない。

 もちろん、彼もまた人並みにうそをつく。けれど、それが気になって仕方ない様子が普通でない。ところが、こうした極度の「誠実さ」のために、ニーチェという人は、並みはずれて自由で軽快な思想を生きることになった。

 なぜだろう? 答えはきっとこうだ。彼はあまりにも真面目な自分にさんざん悩まされた。ことあるごとに苦しめられた。そのあげく、ついに自分で自分があほらしくなったのだ! そして、思いがけず笑いだし、ついには何もかも忘れて、踊り出したのである。(p.15-16)

 

 これは、生真面目を突き抜けたニーチェが思わず口にした言葉である。

 一日一日のくらしに、踊りがあってほしい。わくわくする瞬間の心踊りがあってほしい。また、真理とよばれるほどありがたいものは、きっと腹の底からの笑いをつれてきてくれるものであってほしい。人をこわばらせるような真理などにせものにきまっている、というのである。

 ニーチェは考えることが好きだった。けれどそれ以上に、生きることが好きだった。だから、人間を重たくする哲学は、結局のところ好みに合わなかったといえる。彼がほんとうに好きだったのは、人間を軽やかにする哲学である。(p.16-17)

 

 ニーチェの言葉が育てていくのは、強くて美しい人である。腹の底から笑うことのできる人、不幸でも幸福でも、笑い飛ばしていける人である。惨めな自分も誇らしい自分も、迷うことなく笑い飛ばしていける人である。

 それはまた、偶然に身をまかせて踊ることのできる人、不運を呪ったり幸運を祈ったりしない人、あらゆる不運や幸運を踊り越えていくことのできる人である。つまり、笑うことをマスターし、踊ることをマスターした人間である。(p.18)

 

「永遠回帰」の教えを真正面から受け取ってこれを飲み込むことはまだできず、う〜ん🤔となってしまいます。

最近、大なり小なり自分やクライアントさんが変容していくにつれて、人生は「螺旋階段」を登っているようだなと感じることが多いのですが、それではやっぱり「永遠回帰」とは言えないのでしょうか・・・。

「超人」への道は遠い。 

 

 「ツァラトゥストラ」はハッピー・エンドの物語だ。というより、「幸福などどうでも良い」という究極の境地へと進む物語である。(p.21)

 

ツァラトゥストラは、浪費家である。自分の知恵、自分の愛、自分の力を、湯水のように使ってしまう。だから、旅の途中で疲れて倒れたりもする。しかし、大丈夫、彼の浪費は、貧しさゆえの自暴自棄ではなく、豊かさゆえの自己放下だからだ。(p.28)

 

ツァラトゥストラは、自分自身に従おうとする人々に対して、自分自身に従うことの模範を示したいと思う。自分の人生の主人でありたいと願う人々に対して、その道の先輩として生きた手本を示したいと思う。だから、ツァラトゥストラに従う人は、その人がその人自身に従うことを学ぶために、ツァラトゥストラに従うのであってほしいのだ。ツァラトゥストラは、神の子でもないし教祖でもない。超能力も使えない。ただ、「自分の道をいく」ことの達人なのだ。(p.42)

 

だがツァラトゥストラは、人間は復讐心から脱しなければならない、と教える。

復讐心に囚われているかぎり、人は自分自身の主人になることができない。なぜなら、復讐は、自分が自分の人生を自由にできないことに対する悔しさから生まれるからだ。(p.111)

 

名言がありすぎて、引用を始めると際限がなくなりそうなので、ここまでにしておきます。

先日この読書録で紹介した、岡本太郎さんの「自分の中に毒を持て」に通ずるところも沢山あるなと感じました。

何度でも読み返したい、疲れたときにはぱらっと開いてそのページを読みたい、そんな本です。

おすすめです!

 

 

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