2015年締め括りの1冊は、大阪の青空書房の店主・さかもと けんいち(坂本健一)さんの「夫婦の青空 」(さかもとけんいち氏著)
ほとんどテレビは見ないのですが、2013年の春、たまたまテレビをつけたときにNHK「にっぽん紀行」で「89歳のラブレター〜大阪・天五中崎通商店街〜」という番組が放送されていて、そのまま最後まで見てしまったことが、この本と出会いに繋がりました。
本書の著者さかもとさんは、1923年生まれ。1946年に大阪の焼け跡の闇市に青空書房を創業。1947年に北区黒崎町に開店して以来、ずっと同じ場所で古本屋を営まれてきた方です。28回目のお見合いで奥さん(和美さん)とご結婚されてからは、「向学の青年たちによい本を1円でも安くて提供する」ことをモットーに二人三脚でやってこられました。NHKの番組は、2010年2月にかけがえのない和美さんを亡くした後も、妻を想いながら古本屋を続けるさかもとさんの物語でした。
番組を見た後、この小さな古書店にどうしても行ってみたくなり、同じ年の夏に訪ねてみました。仕事の都合で閉店ぎりぎりになり、しかも道に迷った末に、青空書房と店主を見つけたときは、それだけで感動してしまいました。小さな店内には所狭しと本が積まれ、その合間にさかもとさんの思いがつまった自筆のメッセージがいくつも貼ってあります。例えば、こんな感じ(真ん中あたり、「二度とない人生だから本を読もう」)。
ご本人ともお話することができました。会うだけでほっとするような方です。あったかい手と握手をした時には、あぁ、来てよかった、と思いました。こんな風にメディアを見て訪ねてくるのは私だけではないようで、レジにはサイン済みの本書が山積みで、私も1冊頂いて帰りました。
青空書房が話題になったのは、定休日に、閉められたシャッターに貼られた「ほんじつ休ませて戴きます」という貼り紙からです。さらさらと描かれた絵と達筆な字のメッセージは、まるでお客さんへの週に1度の絵手紙のよう。例えばこんな感じ。
本を読む人への愛、本への愛、今は亡き和美さんへの愛、人生への愛、そしてユーモアに溢れた1枚は、毎度見る人の気持ちを暖かくさせます。いつの間にか、わざわざ定休日にその貼り紙を見に来る人が出てきてしまったというのも頷けます。私も大阪在住であったなら通ってしまいそうです。
本書には、沢山の「ほんじつ休ませて戴きます」が掲載されていて、それらは見ているだけでもほっこり和みます。ですが、それ以上に、心を打たれるのは、長年連れ添った和美さんへの「家庭内通信」と和美さんがガラシア病院に入院した後に送っていた「絵手紙」でした。
「家庭内通信」とは、しっかり者で頼りになるのだけれど、時々やきもちを焼いて口をきいてくれなくなる和美さんとのコミュニケーションのために、お店に出かける前に残しておいた書き置き。「やさしくて怖い嫁はんへ」などと書きつつも、和美さんの体調を気遣い、苦しい生活だけどお互いを信頼して力をあわせてやっていこう、楽しく生きていこう、と、日々日々綴っています。喧嘩も沢山あったようですが、こんな手紙をもらったら、機嫌が直らないはずがありません。
一方「絵手紙」は、もう和美さんの病は治らないということを知らされつつも、なんとか治ってほしいと切実に願う気持ちや、最愛の妻への愛、その妻を失うかもしれないことの心細さ、そばにいてあげられないことのもどかしさ、ただただ神に祈る気持ちがそのままに綴られていて、胸が打たれます。8月17日、18日、20日、21日、22日、24日、25日、29日、31日、9月1日・・・と続くハガキの日付や、時には一日のうちに3枚も出していたり、裏だけでも足りなくなってハガキ表にも書いている、というようなところからも、その思いの切なさが伝わってきます。
和美さんの調子が良さそうなときは、さかもとさんもとても嬉しそう。自分の祖父にも、生前、そんなことがあったなと思いました。祖父の介護に疲れているだろう祖母を母が演劇に連れ出したとき、祖父は置いていかれるのに、にこにこしていました。「何かいいことあったの?」と聞くと、「おばあちゃんが嬉しそうなのが嬉しい」と。
どのような形であれ、全ての人に必ず訪れる別れ。避けられない悲しみをこんな風につながりを感じながら迎えることができたら、それは、つらさは消えなくとも、それ以上の幸せはないのではないか、とも思います。
また、手紙の中で「世界で一番良きパートナー」「誰よりも好きな妻」「涙が出て止まらない」「私のぐるりは良い人ばかり」など、愛情も悲しみも感謝もそのままに表現している姿や、いくつになっても一人になっても命ある限り与えられた命を一生懸命生きようとする姿勢から、その生き方・在り方の素晴らしさを感じる本でした。人間のドラマって、こういう日常の中にあると感じます。面と向かっては言えないけれどハガキだからこそ伝えられる、「手紙」の力を感じる一冊でもありました。
年末年始、家族で過ごすことの多い時期、こんな素直に感謝と愛情を表現する92歳がいらっしゃることを書いてみたくて、年末の1冊にこの本を選びました。
なお、今回、この記事を書くにあたって青空書房を調べなおしたら、2013年12月に67年間の歴史に幕を閉じ、一旦閉店なさったそうです。行きたいと思ったときにすぐに行動しておいてよかった・・・!と思いました。2014年1月からは、近所にあるご自宅で再開なさったようです。本屋に行くというよりもご自宅にお邪魔するという感じになるようですが、こちらも是非伺ってみたいです。
ちなみに「にっぽん紀行」のテーマ曲も素晴らしいのです(Wong Wing Tsan氏「旅のはじめに」)。なんとも切ない気持ちになる曲です。先述の番組では麻生祐未さんのしっとりとしたナレーションがこれまたよく合いました。ぜひ、この曲を聴きながら読まれてみてください。
さかもとさんとの出会いと、
この読書録を訪れてくださる方との出会いに感謝しつつ。
よいお年をお迎えください。
(もっと絵を見てみたい方へ)
2013年に訪問したときは、こちらのブログの道案内を頼りに、大阪在住の友達に連れて行ってもらいました。定休日貼り紙が数点載っています。(現在の古書店=ご自宅への道案内ではありません)
過去のほぼ全ての「ほんじつ休ませて戴きます」はこちらに掲載されています。
本はこちら。
ほんじつ休ませて戴きます―人生最晩年、あふれ出た愛の言葉集 (ゆうゆうBOOKS)
- 作者: さかもとけんいち
- 出版社/メーカー: 主婦の友社
- 発売日: 2013/07/03
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