ここみち読書録

心の向くまま・導かれるまま出会った本の読書録。

寂しい生活

「電力」という観点から気になっていた本です。

実は以下、8月末に書きためていたものなのですが、読み直している間に9月の北海道胆振東部地震により大規模な停電が起きるという事態になり、投稿を躊躇している間に9月も下旬になってしまいました。被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

以下は、特に書き直さず、当初書き溜めたまま、投稿します。

 

寂しい生活」(稲垣えみ子氏 著、東洋経済新報社、2017年6月初版)

寂しい生活

 

「情熱大陸」で取り上げられたりもして有名な方なので、ご存知の方も多いと思います。

アフロヘアの元朝日新聞記者。2011.3.11の原発事故をきっかけに電力を手放す生活を始め、ついには冷蔵庫まで処分して、結果、手元に残った電気製品は、電灯・ラジオ・パソコン・携帯の4点に。

究極のミニマリスト。

月々の電気代は150円(出版当時)。

 

次々と家電を手放していくという冒険の中に、稲垣さんご自身の人生哲学が盛り込まれていて、面白いです。

現代の私たちの在り方を問う内容であり、経済成長や消費を推進する産業界を敵に回すような話であり、またそれを個性的な文体で誇張して表現なさるので、賛否両論ありうる本と思います。昨年は、シェアリングエコノミーを推奨していながら図書館で本を借りることにネガティブ発言をしたことで炎上したようですが(一度ライフスタイルを確立・宣言して有名になってしまうと、いろいろ大変ですね・・・)、それでも、この本が問うてくることには、共感するものが多くありました。

消費社会や、何もかも自己完結しようとする暮らし方に一石を投じる本だと感じました。

 

この本に興味を持っていたのは、日本の電力やエネルギーに関するいろんなモヤモヤがあったからです。

夜も煌々と光を放つ看板。

昼でも多くのところで蛍光灯がついている。

街も、駅も、かつては案内板やポスターだったものが、次々と液晶画面になっていく。

単なる壁や柱だったところも、画面が埋め込まれていく。

どこにいっても何かしらの音や自動音声のアナウンスが鳴っている。

いたるところに自動ドアや自動販売機(欧州などと比べるととても多いと感じる)。

ついいじってしまうスマホやPC。といって、やってることは大したことはない。(少なくとも私の場合は。)

 

電気があるからできること。だけど、これって本当に必要なものなんだろうか。

その電気を作るために、膨大な量のガスや石炭が海を渡って運ばれてくる。

そのために、24時間365日、今日も世界各地で資源が掘られている。

エコ、エコといいながら、紙の代わりにタブレットが沢山生産され、電気自動車になり。

それって、ほんとにエコなんだろうか。

今私たちはどれくらいの電力を消費しているんだろうか。

日本って、環境に優しい国って、うたっているような気がするけれども、それ、本当なんだろうか。

 

自分の暮らしに関わることなのに、恥ずかしながらこういうことってなかなかスラスラと出てこないです。せっかくの機会なので、調べてみました。

夏休みの自由研究並みに調べてしまいましたので、とっとと本の中身に行ってくれ、という方は、こちらの目次から飛んでください。

日本の電力事情

電力消費総量

先に世界全体を見ると、世界の電力消費量は、ずっと右肩上がり。ほぼアジアの増加量に従って。唯一、リーマンショック(2008年)の翌年だけは凹んでいて、経済成長と電力消費のつながりがよくわかります。

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     (出典:ENERDATA 世界の電力消費量 | 電力消費量 | Enerdata

 

電力使用量別に色でマッピングすると世界はこんな絵になります。

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(出典:ENERDATA https://yearbook.enerdata.jp/electricity/electricity-domestic-consumption-data.html   ←クリックしながら時系列に追うことができて面白いです。)

 

数字でいうと、世界の電力消費量は、年22,385.81TWh(=22兆KWh)。

うち、日本は998.68TWh、世界の4.5%。中国(25%)、アメリカ(18%)、インド(5%)に次ぐ4番目。

(いずれも2015年。出典:IEA - Report。グラフは次の図の右下。)

なお、日本の人口(1.27億人)は世界(73.33億人)の1.7%。

過去を振り返ると、1990年では、アメリカ、ロシア、日本、中国の順。インドは12番目。93年に日本がロシアを抜いて2位に。中国は94年にロシアを抜き、96年に日本を抜き、2000年代はぐんぐんと日本との差を広げて、ついに2011年にアメリカを抜く。この時点でインドはロシアの消費量にほぼ迫っていて、2015年には日本を抜いています。

            

一人当たり電力消費量

一人当たりの電力消費量で見てみると、日本は7,865KWh。

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ちなみに、上記のグラフは「主要国」となっているので出てこないのですが、一人当たり電力使用量の、本当のダントツの1位はアイスランドで53,832KWh(2014年)です。アイスランドは、発電の100%を再生可能エネルギーで賄っているため、電気は使いたい放題。内訳は、水力が73%、地熱が27%(わずかに風力も)。以前訪れた時は、全く節電など気にしなくてよいことに驚きました。ダントツにこの指標の数字が高いのは、暖房用のエネルギーが必要であることに加え、人口がとても少ない(35万人)である一方、電力を大量に消費する産業(アルミニウム精錬等)を世界各地から招致しているためと思われます。アイスランドの後、ノルウェー、バーレーンが続いて、(上記グラフで一番上の)カナダが登場します。カナダも約6割を水力で発電する国です。その後も北欧系(水力発電豊富)や産油国が並び、日本は20番目です。

 

資源も持っていない日本が、ついこの前まで世界で3番目に多く電力を消費している。一人当たりの消費量も世界平均の倍以上。何が多くて何が少ないのかは、人口を基準に考えるのか、GDPを基準に考えるのかによっても異なってくると思われますが、エコな国、環境に優しい国、と胸を張って言えるのか、ちょっと「?」を感じたりします。そして、他のアジア諸国はひとつの成長モデルとして日本の経済や社会を見ているとすると、世界の電力消費量は一体どこまで伸びていくのだろうと思ったりもします。 

 

電力の使い道

電力に限っての部門別消費量は見つけることができませんでしたが、最終エネルギーという視点では、家庭で使われるのは14.4%。1973年は8.9%。40年間で、企業で使う分は増えていないのに、家庭部門は1.9倍。

グラフ全体で見ると、2011年から消費量も減少傾向で、GDPと電力消費の相関がなくなってきていて、東日本大震災が、電力や省エネに対する意識を変えたのではないかと思われます。(なお、2011年というのは日本が人口減少局面に入ったと言われる年でもあります。)

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(出典:資源エネルギー庁 エネルギー白書2018 【第211-1-1】最終エネルギー消費と実質GDPの推移)

 

家庭での電力消費の内訳は、約半分が、温める・冷やすで約半分くらい。今回調べていて知ったことなのですが、冷房よりも暖房の方がはるかにエネルギーを消費するようです。電気便座や電気ポットの方が洗濯機・乾燥機よりも多いのか、など、ちょっと意外に思うものもありました。2010年の情報なので、今は情報機器系がもっと増えているのではないかと想像します。

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(出典)温室効果ガスインベントリオフィス 全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/))

 

電力供給源

その日本の電力はどのように作られているか。

今は、LNGが約40%、石炭が約30%。

一時は35%近く頼っていた原子力を止めた分、主にLNGと石炭に頼っている状況です。この2つは石油と同じく化石燃料で、燃やす過程で温室効果ガスが出ます。

このために年間輸入しているLNGは8,334万トン、石炭は1億987万トン。

(2016年、日本のエネルギー エネルギーの今を知る20の質問(資源エネルギー庁)http://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/pdf/energy_in_japan2017.pdf

*Liquefied Natural Gas。天然ガスを-162度に冷やして液化したもの。液体で運んできて、温めて気体に戻して使う。

f:id:trottolina:20180826105027p:plain    (出典:電気事業のデータベース(INFOBASE) - 電力データ | 電気事業連合会

 

電力使用量を減らさない、再生可能エネルギーも現状レベル、という前提では、

原子力にNOとだけ言っていると、化石燃料(ガス、石炭、石油)、つまり温室効果ガス排出にYESにならざるを得ない、地球温暖化に加担してしまう、

化石燃料にNO、地球温暖化にNOとだけ言っていると、原子力にYESにならざるを得ない、という現状があります。

せめて石炭ではなくガスにすればいい、と言っても、輸入に頼っている日本で、偏らせても大丈夫だろうか、という疑問も生じます。また燃料代はLNGの方が高いので、私たち市民は、電気代が上がる覚悟ができているだろうか?という問いも浮かびます。

再生可能エネルギー(水力、太陽光、風力、地熱)も、大規模に発電しようとすれば、一定の環境破壊や、温泉よりも発電を選択する(地熱)といった覚悟が必要になってきます。

 

海外は、といえば、お国事情により様々です。

ガスが取れる国、石炭が取れる国、すっかり原子力の国、水力資源が豊富な国。

「エネルギー政策」という響きは政府の仕事のように感じられてしまいますが、それは、自分たちが使う電力をどう作るのか、私たちがどう暮らすのか、そのものです。

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                                (資源エネルギー庁 日本のエネルギー エネルギーを今を知る20の質問 2017

 

日本は、 いったいどうするのがいいのだろう?

なぜ電力の話をするときに、原発か、石炭か、ガスか、再生可能エネルギーか、という話になって、電力消費を大幅に減らそうとか、そういう方向にはならないのだろう?

と思いつつも、電力に依存した日常生活を続けている自分。

そんな自分が、サステイナビリティなどと言う資格があるのだろうか?

どの口が、原発や温暖化についての心配を言えるのだろうか?

人間ひとりが使う電気の量はどこまで減らすことができるのだろう?

 

本題、「寂しい生活」を読んで

そんな風に思っていたところに、電気に頼らない生活を実験的に始めてみたという著者の冒険には純粋に脱帽しました。

発端は、上述のとおり、原発事故です。

あのとき、多くの日本人が抱いた、自然な問題意識。

そこからの行動が突き抜けています。自分が使う電力の半分が原発から来ているなら、自分の電源も半分にしてしまおうと。なかなか半減させられない末に思いついたのは、ゼロを目指すという作戦。冷蔵庫を捨てる、ついにブレーカーを止める、というのは、この本の2大衝撃話でした。

それを楽しんでやっていらっしゃる。近藤麻理恵(こんまり)さん的に言えば、触ってみてときめかないものとはお別れして、ときめくものだけを身の回りに置いたらこうなった、ということなのかと。 

 

身の丈以上の生活

冷蔵庫から導かれる洞察(第4章「冷蔵庫をなくすという革命」(p.107-153))は秀逸だと感じました。

冷蔵庫を捨てるということは、1日に買うことができる食材は、その日に食べることができる分だけになる、ということです。そのことが多くの気づきをもたらします。

 妙な話だが、私は冷蔵庫をなくして以来、ものを腐らせるということがほとんどなくなった。必要十分なものしか買わないから、いや買えないからである。

 考えてみれば、これまでアレヤコレヤの夢を冷蔵庫の奥にため込んで、どれほど腐らせてきたことか! それは私の人生も同じだったんじゃないだろうか? あれこれの夢をため込んではほったらかしにして、次々と腐らせてきたんじゃないだろうか? 私の人生とは9割方そんな妄想に費やされてきたんじゃないだろうか? そんな暇があったら、今できることをシンプルに、とことんやり尽くせばよかったのではないだろうか?(p.137-138) 

冷蔵庫をなくし、買い物の楽しみを奪われ、ふと気づいたのだ。

もしや、これが「今を生きる」ということではないだろうか。(p.135)

  あまり考えたこともないですが、言われてみれば、

冷蔵庫は、その誕生期から比べれば信じられないくらい大きくなっている。それは、人々の欲望の拡大の姿そのものである。(p.145) 

 確かに。。。それはまさに、

冷蔵庫が「生きるサイズ」を見えなくする(p.142)

 そうして気づくのは、、、

「生きていくのに必要なものはほんのちょっとしかない」という衝撃(p.149)

 

私も、似たような感覚を持ったことがあります。

数年前の夏休み、田舎で一人暮らしをする祖母の家に4泊ほど泊まったときのことです。近くにスーパーがないので、滞在日数分の2人分の食材を買い込んで行きました。朝・昼・晩、朝・昼・晩、と毎回私も張り切って違うものを作るのですが、2人では到底食べきれないのです。そのうち、食べることにも疲れてしまいました。

「一人の人間が1日に消費できる食べ物は実はそんなに多くない」ということを実感した体験でした。

 

さらに、その滞在は、ご飯つくって、食べて、しゃべって、片付けて、少し出かけて、を繰り返し、毎日8時間の睡眠をとっていたら、あっという間に4泊5日が過ぎました。

「人間が1日のうちにできることって本当はそんなに多くない」ということも感じる体験でした。
 
その昔、人は動物と同じように、その日食べるものを狩る・採るという生活でした。自分や一緒に暮らす仲間が狩ったもの・採ったものしか食べることができない。
また、道具を使うようになってからも、火を起こすのも、井戸の水をくみ上げるのも、畑の工具も、その動力の多くは、自分自身の体力がエネルギーでした。
 
今、私自身は、自分で動物を捕まえることも、飼育することも、はたまた殺すこともできないのに、牛肉やら豚肉やらを頂いている。
火も起こせないのにガスや電気を当たり前のように使い、腕力も脚力もないのに、電車や車や飛行機など、ものすごいエネルギーを使って移動している。
 
私たちは、自分が本来食べられる量以上のものを買い込み、自分が生み出すことができる以上のエネルギーを消費している。そしてそれはどんどん膨れている。そのうちのどれだけが、私たちの生活や幸せにとって本当に必要なものだろうか。そんな風に感じるときがあります。
 
自己完結しすぎている世界
電気温水器を使わなくなり銭湯に行くようになった著者が、そこに見たのはおばあちゃんたちの「社交場」。
これはもう支え合いのシステムそのもの(p.206)
 
幸福な人たちに共通するのは、人との関わりがあるということ、という様々な研究結果は最近よく知られてきていることです。

 

他方、戦後の私たちの社会は、お風呂を家に持つことから始まり、テレビ、洗濯機、シアターセット、と、家の中にあらゆるものを持ち込もうとする。

快適な我が家。何でも揃っている我が家。
現代の住宅は、それぞれが小さな要塞のようだ。(p.209) 
(中略)我々が目指し続けている豊かさとは、何もかも自分の家の中で完結させること、すなわち「所有すること」(後略)(p.208)
 
 一方で、多くの人が孤独を抱えているというのも最近よく聞く話です。
自己完結できる生活を求めて作り上げたはずなのに、その一方で人とのつながりを失って寂しさを感じている。
著者の言葉を借りれば、「こんがらがっている」。

 

自己完結する生活は、エネルギー的にも非効率です。

お湯も、空間も、分け合えばエコ。

沖縄の人は「奪い合えば足りない、分け合えば余る」っていうんだって。(p.218) 

そして
街全体が我が家という考え方(p.212)

は、コミュニティ形成そのものです。

 

誘惑の溢れる世の中
生きていくのに必要なものって実はそんなに多くない。
自分で全部所有しなくても助け合って生きていくことができる。
そう感じたことのある人は実は少なくないと思います。
その類の本は沢山売れているし、そういうライフスタイルの方々に憧れる人も増えています。
でも、「もっともっと」と求めることを止めることはとても難しい。
だって社会がそうさせない。
資本主義の社会、経済成長を求める社会は、人間の欲を掻き立てる。

 

電通の戦略十訓というのを、この本で初めて知りました。

【電通 戦略十訓】

  1. もっと使わせろ
  2. 捨てさせろ
  3. 無駄使いさせろ
  4. 季節を忘れさせろ
  5. 贈り物をさせろ
  6. 組み合わせで買わせろ
  7. きっかけを投じろ
  8. 流行遅れにさせろ
  9. 気安く買わせろ
  10. 混乱をつくり出せ 

 

・・・正直なところ、吐き気がしてしまいました(電通及び関係者の方々、申し訳ありません)。

この十訓は1970年代に電通PRにより提唱されたそうですが、その後のバブル期はまさにこの十訓のとおりに踊らされた時期だっただろうと思います。

社会は誰かが描いたビジョンの通りになっていく。

どんな方向性であれ、それが本当に起きる、ということを感じざるを得ません。

 

手放すほど、自由になる

いろいろな気づきをくれる本書ですが、また、今回の記事で電力事情に絡めて書いてしまいましたが、著者のメッセージは「節電しよう、清貧生活をしよう」ということではないと思います。

ご自身が家電を手放していく生活が面白く、そしてご自身がどんどんいろいろなものから解放されていく感覚が楽しく&嬉しく、それを世の中にも伝えたい、ということではないかと思います。

気がつけば、何か手放せるものがないか絶えず探している。なぜなら、何かを手放すほどに自分が強く自由になっていくからです。(p.15)

ブレーカーを落とすというレベルは、普通の人には相当難易度が高いですが、一部だけでもやってみると面白かったり、何か発見があったりするかもしれません。

一つの鍵は「当たり前を疑う」。

帰ってきたら当たり前のようにテレビをつける。

当たり前のように部屋の電気をつける。

洗濯機から自動泡立て器まで、エレベーターからハンドドライヤーまで。

慣れとは恐ろしいもので、家電であれ、パソコンであれ、最初は「わ!すごい!」という感動が、そのうちに「あれば便利」になり、いつの間にか「あって当たり前」(p.69)にになっている。その「当たり前」を疑ってみる。

試しに電気をつけないでお風呂に入る、というのを真似してみましたが、けっこう大丈夫でした。このわずかなことでもちょっとどきどき。今までにやったことのない何かをやってみる、できた、という体験。

人生とは至るところに素晴らしい冒険のタネが潜んでいるのだ。(p.95)

はい。ほんとに。

いずれにせよ、苦しさを感じてまでやるものでもないかと思います。結局、人間、面白いこと、ワクワクすることでないと、続きませんので。

 

今の時代だからこそ、感じること

また、著者は、電力などいらない、とおっしゃってるわけでもないと思います。

ご自身もアフロヘアのために美容院で熱を当てていらっしゃると思うし、要はスーパーが冷蔵庫代わりになっているわけですし、カフェなどで涼も暖もPC電源もWiFiも取っていらっしゃいますから、この方も当然に電力の恩恵を受けています。

ただ、そんなに、全てを自分だけの家で、部屋で、完結させなくてもよいのではないか、全世帯が全ての家電一式を揃えなくてもいいのではないか、ということだと思います。

 

それは、インフラが日本全体に整ってきた現在だから成せること、いつでもなんでも手に入る世界になった今だから感じること、ということもあると思います。

日々の食糧の確保すらままならない戦争時代を生き抜き、全てを失ったところから立ち上がってきた方々にとって、家に沢山の食糧を備蓄できることはそれ自体が安心につながることだろうとと想像します。家の中にものが増えていくことも、きっと大きな喜びをもたらしたと思います。

今までの時代が悪かったとか、無駄であったとか、そういうことではなくて、そういう時代も経ての今、感じることがある、ということだと思います。
さらに進むときもあれば、揺り戻しがあったりもする。
 
仕事に効く教養としての「世界史」」の中でも以前に書きましたが、私たちひとりひとりも、それぞれがどう生きるかが、大河の一滴として、今の時代を作っていると感じます。
今を生きる私たちも、人類の長い歴史の中のひとつの実験の中にいるのかもしれないとときどき思います。
そして、電通の戦略十訓を思えば、今の私たちがどんなビジョンを描くか、どんな未来を願うかが、この先数十年の社会をつくるのだろうと思います。
 
今年は明治維新から150年目。今から150年後に生きる人たちが、今の私たちの社会を近代史・現代史として振り返るとき、どんな風に描かれるのでしょうか。例えば、「東日本大震災や地球温暖化に対する懸念を受けて、エネルギー消費に対する人々の関心が高まり人々の生活スタイルが転換・・・」などのように書かれたりするかもしれません。

  

その他、徒然なるままに

なお、電気の話に戻すと、この本は、原発に頼らないために個人として使用電力を減らす、という方向でしたが、例えば欧州では、再生可能エネルギーだけで成り立つ街を創る人たちが出てくるなど、個人を超えてコミュニティで電力の自給の取り組みを行っているところもあります。

(映画 Power to the People(邦題:パワー・トゥ・ザ・ピープル〜グローバルからローカルへ〜)

  

また、世界では、国の経済発展をはかる一つの指標として、Access to Electricity(電化率、国民の何%が電力グリッドにアクセスできているか)というものがあります。日本では100%ですが、アフリカなどではまだまだ低いです。通常、この数字を高めることが目標になるのですが、これが100%でないことは何か悪いことなのだろうか?ということなども素朴に疑問に思ってしまう読後でした。

 

いろいろ思うところはあるけれど、まずは自分でできるところから。

この電気をつくる燃料はどこから来たのかな、ここに電気がくるためにどれだけの人が、時には命を危険に晒しながらも働いてくださったのかな、と思いを馳せつつ、感謝しつつ、ちょこちょこと節電してみている今日この頃です。

 

この本に共感したり、同じように問題意識を持たれる方は、きっとこの本もお気に召すと思います。

 

寂しい生活

寂しい生活

 
魂の退社

魂の退社

 

 

MOVIE  Power to the People(邦題:パワー・トゥ・ザ・ピープル〜グローバルからローカルへ〜)

 

【リソース】

エネルギー白書|資源エネルギーについて|資源エネルギー庁

日本のエネルギー エネルギーの今を知る20の質問(資源エネルギー庁)

【統計ポータルサイト】 各種データ(エネルギーに関する分析用データ)|資源エネルギー庁 

電気事業のデータベース(INFOBASE) - 電力データ | 電気事業連合会

世界エネルギー統計|世界のエネルギー消費と統計|Enerdata 

図面集|エネ百科|きみと未来と。

International Energy Agency

World Bank Open Data | Data