ここみち読書録

心の向くまま・導かれるまま出会った本の読書録。

人生をいじくり回してはいけない

久しぶりの更新です。書きたいことは溜まる一方。

こんな本から徐々にペースを取り戻していきたいと思います。

人生をいじくり回してはいけない (水木しげる著)

たまたまの通りがかりに、タイトルに惹かれて手に取りました。

 

水木しげる 人生をいじくり回してはいけない (人生のエッセイ)

 

ゲゲゲの鬼太郎のファンかと言われれば特別にそういう訳ではないのですが、いつぞやの日経新聞の私の履歴書を読んで以来、水木しげるさんの生き方・人間観については大ファンです。

最も過酷な戦地の一つラバウル(パプアニューギニア)に送られて、片手を失いながらも奇跡的に生還し、目に見えない世界を現代に伝えるという天職に全力を注いだ方。

この本は、水木しげるさんの数々のエッセイ・インタビューのうち、主に人生をテーマにしたものを集め、一冊にまとめたものです。なので、ラバウルで奇襲を受けた時の話や、土人と親しくなった話など、繰り返し繰り返し出てきます。何度も何度も読んでいると、水木さんがこの方の人となりがとてもよく伝わってきます。

人間にとって本当に大事なことをわかっている人ーーーそういう印象です。

とても素直で率直な言葉。日本が戦争に向けて突き進む中、10代後半の青年は何を思っていたのか、19歳で赤紙を受け取ってどんな心境だったのか、どんな思いで向かったのか、戦地で何を体験し何を考えていたのか。メディアには出てこない現実を知る文献としての価値もあると思います。

また、「土人」など、現代では不適切と言われそうな言葉も、当時の時代的背景と著者の表現上の意図を鑑みてそのままにしているところは、出版社に敬意を抱きました。

 

水木サン(ご自身のことを自分でこう呼ばれます)という方の生き方について、私がこの本から感じたことを3つにまとめてみます。 

 流されない

睡眠至上主義の水木サン。食べるのも大好き。どんなに朝寝坊しても、兄弟は急いで出かけても、水木サンは朝ごはんはゆっくり食べてから学校へ。毎日2時間目からの登校。先生に怒られても全然気にしない。お嬢さんたちにも好きなだけ眠らせる。絶対に起こさない。

やりたくないことは無理してやらない。やりたいことはとことんやる。学校の勉強ができなくても気にしない。自分にできないことは他人に任せておく。自分は自分の好きなこと(絵を描くこと)をやる。

喜んで御国のために死ぬことが求められた時代において、「戦争に行く時も、「絶対、生きて帰る」と決めていた。(211頁)」

戦地においても、命令は半分くらいに聞いておいて、八分目の力で処理して、体力を温存する。部隊が全滅する中で一人だけ生き延びて、「なぜ逃げてきた。お前も死ね。」と他の部隊から責められても生き続ける。現地住民との接触は禁じられていても、土人たちの集落に好奇心を持って入り浸り、帰国する頃には土人に引き止められるほどに親しく交流する。(この体験はその後の水木サンの人生に大きく影響します。)

当然、学校でも軍隊でも、怒られます。何度も立たされたり殴られたりしています。でも自分のスタイルを変えない。自分の方が自然の掟に従っていると信じている。心の奥では、「私のほうが、勤め先や学校、軍隊よりもカシコいし、正しいことを言っている。(19頁)」とわかっている。相当肝が座っています。流されずに自由に生きることは、ある意味とても勇気のいることです。

こういう生き方ができたのは親御さんによるところも多分にあるのではないかと、想像します。もちろん、怒ったりはしたと思いますけれども、戦地に息子を送る時、「口にこそ出さなかったが、とにかく「生きてかえれ」の一点張りだった(32頁)」というご両親からは、大衆に流されずに大切なことを守ろうとする価値観が伺えます。

 

目に見えない世界を信じている

ベビー(水木サン用語)の頃から妖怪など、目に見えないものを信じています。迷信や未知なるものをバカにしたり笑い飛ばしたりせず、そこに純粋な好奇心を向けています。だからこそ、妖怪の方も、この人は話がわかる、この人に自分たちのことを描いてもらおうと寄ってきたのでしょう。

そして、戦争から奇跡的に生還できた体験は、きっとその思いを強くしたと思います。今にも沈没しそうな輸送船で運ばれ、魚雷がすぐその横を通り、自分が所属していた部隊は全滅する。隊員が目の前でワニに食われる。いつ死んでもおかしくない環境。爆撃を受ける。片手を失い、マラリアにかかっても、土人が提供してくれた食べ物で栄養をとって生き延びる。

自分は何かによって生かされている。生還できた体験からそれを確信したと書いていらっしゃいます。

自分一人で生きてきたようにみえるが、幾度となくくぐりぬけてきた危機を考えてみると、とても自分一人の力で生きられるものではない。いろいろな目に見えない親切の糸によって我々は生かされているのかもしれない。(136頁)

目に見えない世界を信じることの大切さは、水木サンご自身の言葉を引用させて頂きたいと思います。

世界中の幸福な人、不幸な人を観察してきた体験から「幸福の七カ条」をつくったのです。その第七条に「目に見えない世界を信じる」というのがあります。世の中には、人間の五感ではとらえられないものがあり、「見える世界」のほかに「見えない世界」が無限に広がっている。そこに棲む妖怪たちを信じることで、人間は彼らから元気と幸福を授けてもらえるのです。妖怪の棲みにくい国は、われわれ人間にとっても住みにくい。つまらない常識に左右される、つまらない社会です。(179頁) 

私は妖怪だけではなく、「別の不思議な世界」があり、目の前に現出していることだけが事実ではないと考えています。見えないから存在しない、だからそんなものは教える必要はない、という考え方が明治以降、日本の教育の根幹をなしてきました。江戸時代までの迷信や非科学的な古い発想を捨て、文明開化の科学的な教育をと考えられたのでしょう。しかし、それは一見科学的に思えますが、それこそ非科学的な意見そのものだと言わざるを得ません。科学は目に見えないものを形にする学問ですよね。電気だって目に見えないものだし、気象学だって高気圧や低気圧、台風など「感じる」ことができる目に見えないものを形にするからこそ科学なのです。(中略)色々なものを面白いと感じたり驚いたり喜んだりする感受性こそが大切です。今だからこそ、一層求められているのではないでしょうか。(208頁)

 

シンプルに生きる

ラバウルで軍隊を抜け出しては訪れていた土人たちの生活を理想としています。彼らのことが本当に大好きなことが伝わってきます。

寝て、食べて、暑い昼間は木陰で涼んで、朝と夕に計3時間くらい働いて、あとはぶらぶらして、踊って、笑う。働くのは生きるために必要な最低限だけ。何も持っていないけれど、楽しそう。

人間だけが何か特別な生物だと思うのではなく、自然の摂理にただただ従い、寿命がつきたら「木や虫のように死ぬ。(218頁)」

実際のところの水木サンは漫画が売れる前は食べるために必死で働き、漫画が売れてからは〆切に追われてもっともっと働き、働き詰めの人生だったと思います。けれども、本当は「日本の土人になろうという考え(65頁)」です。

水木サンから見れば、彼らの方がよっぽど人間らしく楽しい生活に見えたということだと思います。

わかりやすい人生こそ

 私は自分が幸福だと思っています。それは好きな道で60年以上も奮闘して、描き続けてこられたからです。

 好きなことに情熱を注いで、人生を生き切ること。うまくいく時もあれば、うまくいかない時もある。そんな時に、あたふたと騒がないほうがいい。幸福だの不幸だのといちいち口に出さないほうがいい。

 人生にはいろんなことが起こって当たり前。それらに一喜一憂するのではなく、放っておくことです。人生をへたにいじくり回したところで、何の解決にもなりません。起きてしまった不幸は、もうどうしようもない。ならば自然の流れに身を委ねてしまったほうがいい。しょせん人間の力ではどうしようもないこともあるものです。

 ラバウルの人たちは、実にわかりやすい人生を送っています。神様から与えられた人生を決していじくり回したりしません。だからこそ、幸せの空気に包まれているのでしょう。(236-237頁) 

 

こうありたい。けれども、なかなか真似できない。だからこそファンも多いのだと思います。

全く同じようにはできなくても、こんな生き方もあると知ることは、ついつい凝り固まりがちな私たちの思考や心に、風を送り込んでくれると思います。水木サンが遣わした妖怪がふうーっと、ね。

 

 文庫本も出ているようです。

人生をいじくり回してはいけない (ちくま文庫)

人生をいじくり回してはいけない (ちくま文庫)

 

 私の履歴書の収録本

水木サンの幸福論―私の履歴書 特別付録『ゲゲゲの鬼太郎』第1話(コミック誌「ガロ」掲載分を復刻収録―全45ページ)付

水木サンの幸福論―私の履歴書 特別付録『ゲゲゲの鬼太郎』第1話(コミック誌「ガロ」掲載分を復刻収録―全45ページ)付

 

 水木サンの愛読書「ゲーテとの対話」、ゲゲゲ流読み解き。 

ゲゲゲのゲーテ (双葉新書)

ゲゲゲのゲーテ (双葉新書)

 

 いつかは読みたい「ゲーテとの対話 」

ゲーテとの対話(全3冊セット) (岩波文庫)

ゲーテとの対話(全3冊セット) (岩波文庫)

 

NHKの連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」は大変面白かったです。

ゲゲゲの女房 (実業之日本社文庫)

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 この本がお好きな方は、きっとこちらの本もお気に召すはず。

 

www.cocomichi.club

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