ここみち読書録

心の向くまま・導かれるまま出会った本の読書録。

キャリア・アンカー 自分のほんとうの価値を発見しよう

キャリア論の大家、MIT(Massachusetts Institute of Technology)スローン経営大学院のエドガー・シャイン教授が考案したキャリア診断ツール「キャリア・アンカー」を自分でできるワークブックです。

和訳は、シャイン教授に直接師事されたという、神戸大学大学院経営学研究科の金井教授。

キャリアの節目(トランジション)にいると感じるミッドキャリアの方々にオススメの1冊です。新人の方も得るものはあると思いますが、社会人になって10年程度の経験がある方が自分事として捉えることができ、より効果的に使えると感じました。

人事の方にも是非とも知っておいて頂きたい内容ですし、人を動かす立場である経営者・経営陣の方々も、人の特性とそれに合う仕事・承認の仕方・人事制度等について知っておくことはとても助けになると思います。

 

キャリア・アンカー―自分のほんとうの価値を発見しよう(エドガー H. シャイン著、金井壽宏 訳、2003年初版、白桃書房)(Career Anchors, DIscovering Your Real Values(Edgar H. Schein)

 

キャリア・アンカー―自分のほんとうの価値を発見しよう (Career Anchors and Career Survival)

 

エドガー・シャイン教授の名前を知ったのは、産業カウンセラーの勉強をしていたとき。教科書にも出てきますし、試験対策上も大事な名前です。

あとで気づいたことですが、実は、カウンセラーの教科書よりも前に、(考案者の名前は記憶しないまま)キャリア・アンカーという診断ツール自体は留学先のビジネススクールで体験していました。

正直、いずれのタイミングでも、ふーん、という程度の関心。「アンカー」という言葉もピンと来ていませんでした。当時は読み時ではなかったと思います。

最近、コーチングを共に学んだ仲間がこの本の存在を教えてくれて、初めてちゃんと理解し、確かにこのツールは意味がある、と思いました。

 

キャリア・アンカーとは

シャイン教授がつくった言葉で、個人が選択を迫られたときに、その人が最も放棄したがらない欲求、価値観、能力など、自分にとっての拠り所になるもののことを指します。

「どんなに難しい選択を迫られたときでも放棄することのない自己概念」(23頁)、

「どうしてもこれだけはあきらめたくないと思うきわだって重要な領域」(26頁)、

「あるひとが自分のキャリを決める際、指針にも制約にもなる自己イメージ」(12頁)

です。

 

「アンカー」とは船が停泊するときに使う錨(いかり)です。なぜ「アンカー」なのかは、このツールができた背景に答えがあります。

シャイン教授は、キャリア研究の中でスローン経営大学院の同窓生の学生時代〜卒業後までを継続的にインタビューして、彼らのキャリアがどのように形成されていったのか観測しています。

その中でシャイン教授は、皆に共通するパターンに気づきます。それは、ほとんどの人が「自分に適していない仕事についたとき、自分にもっと適しているなにかに「引き戻されている」というイメージ」(25頁)について話していたそうで、これを錨に例えることにしたそうです。

そして、その、引き戻す何か、は、8つのタイプに分類できると、シャイン教授は言います。

 

8つのキャリア・アンカー

専門・職能別コンピタンス(Technical / Functional Competence, TF)

特定の仕事に対する才能と高い意欲を持つ人たちです。

このタイプの人は、自分の才能を発揮し、エキスパートであることを自覚して満足感を覚え、それによって本当にスイッチが入ります。挑戦的な仕事は、自分の能力を試すことができる機会ですから、彼・彼女たちの望むところです。

逆に、その専門分野以外の仕事に従事することは、自分の独自性となっている専門的な仕事から引き離されることであり、満足感が低下します。また、後述するGeneral Managerになることに価値を見出していません。

何となくの肌感覚ですが、分野を問わず、このタイプの方は人数的には多いのではないかと思います。

研究なら何時間でもやっていられるという人も、ものづくりが面白くてやめられないという人も、ファイナンスのモデルを作るのが好きでたまらない人も、掃除のプロです!という人も、その仕事から引き離されることが絶対に嫌という人はここに入ります。

 

全般管理コンピタンス(General Managerial Competence, GM)

General Managerは、日本語では辞書だと総支配人と訳されますが、部長や拠点の長などにもこの役職名が使われています。

このアンカーを持つ人たちは、特定の領域に特化することに魅力を感じず、むしろ経営管理に関心を持ち、「組織の階段を上り、責任ある地位につきたいという強い願望」(31頁)を抱いています。

単に、出世したい、という程度の欲をおぼろげながら持っているだけではなく、以下の3つのコンピテンスがある人たちです。

  • 分析的コンピタンス:不完全な情報しか手に入らない不確実性の中で問題を明確化し、分析し、総合的に判断を行い、解決していく能力。
  • 対人関係及びグループ間をつなぐコンピタンス:組織の目標を達成するために、影響を与え、監督し、リードし、方向を定め、組織のあらゆる階層の人々を動かす能力。
  • 情緒的コンピタンス:情緒的・対人的な問題や難局に遭遇して疲労困憊したり落ち込んだりせず、むしろそれから刺激を受ける能力。びくつくことなく大きな責任を負うことのできる能力。困難な場面に直面しても罪や恥などを感じずに力を発揮し、決断することができる能力。(以上31-33頁より)

どの組織でもある程度の経験を積むとこの全般管理的な立場になることが求められることが多いかと思いますが、この本によると、このアンカーを持つ人はあまり多いとは言えない、とあります。

 

自律・独立(Autonomy / Independence, AU)

どんな仕事に従事しているときでも、自分のやり方、自分のペース、自分の納得する仕事の標準を優先させたい人たちです。組織にいても、明確な目標を示された後は、どのようにするかは本人に一任してもらいたいと考えます。

それと正反対のもの、つまり、規則や手順、作業時間、いろいろな規定・規範に束縛されることは、このアンカーを持つ人たちには我慢ならないことです。

コンサルタントや弁護士など「自律的な専門職」に向かう傾向があります。正規雇用で安定収入を得るかわりに自由がきかなくなるのであれば、むしろ非正規雇用で自由に自分の専門領域で働くことを選ぶような人たちです。

TFの人たちとも似ている感じもしますが、TFの人たちは自分の専門性を高めるにはそれが最善であれば従うべき規則の多い組織でも納得して入りますが、AUの人たちはそれよりも自分のペースを維持することを選択します。

 

保障・安定(Security / Stability, SE)

安全で確実と感じられ、将来の出来事を予測することができ、しかもうまくいっていると知りつつゆったりとした気持ちで仕事ができる、そんなキャリアを求める欲求を最優先させる人たちです。

終身雇用はこのアンカーを持つ人たちには好ましい制度です。不況でも安定している組織が好まれます。

通常、キャリア管理の責任を自ら進んで雇用者側に預けます。

 

起業家的創造性(Entrepreneurial Creativity, EC)

新製品・新サービスを開発したり、新組織を設立したり、M&Aで目論見どおりに事業を再編したりするなど、新しい事業を起こす欲求を人生のかなり早い時期から強く意識している人たちです。

単純に夢を持って語っているというだけではなく、人生の早い時期からがむしゃらにこの夢を追いかけているという点で、他の人たちと明確な違いがあります。

他のアンカーを持つ人と明確に異なるのは、自分が新しく事業を起こすことができるということをとにかく試してみたいという熱い思いに取りつかれている点です。そのためには、必要があれば、専門的技能の研鑽や自律、安定なども犠牲にすることを厭わない人たちです。

 

奉仕・社会貢献(Service / Dedication to a Cause, SV)

自分の中心的な価値観を仕事の中で具体化しようという人たちです。

自分の実際の才能や有能な分野よりも、なんらかの形で世の中をもっとよくしたいという欲求に基づいてキャリアを選択します。

業種的に考えてしまうと、医師や教師、社会福祉事業、NPO法人の方々などがこのアンカーと親和性が高いですが、それらの職業に就いていても、どこにモチベーションがあるのかを探っていくと、他のアンカーを持っている場合も多いにあります。逆に営利企業にいても、利益を生むところに喜びを感じているのではなく、このアンカーを持っている場合もあります。

 

純粋な挑戦 (Pure Challenge, CH)

「戦い」「挑戦」「勝つこと」がキーワードになるアンカーです。一見不可能な障害を克服すること、解決不能と思われてきた問題を解決すること、極めて手強い相手に勝つことなどに喜びを感じます。問題が起こる専門分野ならどこでもおかまいなく挑戦したい、という人たちです。

競争という観点から人生を捉える人たちでもあり、具体的な職業では、スポーツ選手、営業マン/ウーマン、高度の戦略や経営のコンサルタントの中にもこのアンカーを持つ人たちはいます。

このアンカーの人たちにとって、戦いや競争では勝つことがすべてであり、キャリアは変化に富んだキャリアを選好します。

 

生活様式(Lifestyle, LS)

キャリアは生活様式全体を調和(バランス)させることができなければならない、と考える人たちです。個人のニーズ、家族のニーズ、キャリアのニーズをうまく統合させる方法を見出したいと考えます。

そのため、働き方は柔軟であることを好みます。自分の人生やキャリアのステージに合わせてキャリアパスを決めていきたいと考えます。

ちょっと脱線しますが、最近の日本のワークライフバランスの議論などは、このアンカーに近しい印象を受けます。ただ、全ての人がこのアンカーを持っているわけではないので、皆に生活様式全体のバランスが取れるようなキャリアが絶対良いものだ、絶対そうすべきだ、と強制するような社会になってしまうと、寝食を忘れて専門領域に没頭したい人(TF)や、社会的貢献のためには自分の時間を費やしても構わないと思う人(SV)、競争に打ち勝つためにできることは全てしたいという人(CH)などには、逆に手足を縛られて窮屈に感じられる世の中になってしまうのではないかと少し心配しています。

良くも悪くも日本はまだまだ企業にキャリアパスをつくることを委ねる傾向にありますが、企業も全ての趣向の人間に対応できるほど万能ではありません。また人の趣向も変わることもあるかもしれません。本当の意味で多様なキャリアが作られる社会とは、既に欧米などでそうなっているように、本人の意思で人生のこの時期はがむしゃらに働く、この時期は一旦会社を辞めてパートタイムで少し休憩しながら、また人生のステージが変わったら転職する、などと風に、自分で選択していける、一度ある道を外れてもまた戻ることができる、という社会なんだろうと思います。

 

さて、ご自身に「これかな?」と思うアンカーはありましたでしょうか。

字面だけ読んでいると、どれも自分に当てはまると思われるのではないかと思います。実際、ひとりの人間の中に、程度は違えど全ての側面があります。

ただ、キャリア・アンカーというのは、その中で、絶対何があっても譲れないのはどれか、ということです。

「経営コンサルタント」という職業一つをとっても、その仕事が好きな理由が、それが自分の専門性に磨きをかけることになるからなのか、自分のやりたいやり方でできるからなのか、社会的意義を感じるからなのか、難しい問題を解くことが好きだからなのか、生活様式に合わせながらできるからなのか、によって、アンカーは異なります。

つきつめて考えていくと、確かに、ひとつに絞れてくるので不思議です。

 

気をつけていただきたいのは、これらの中に順位付けや優劣があるものではありません。あくまで、個々人が拠り所とするものが違うだけのことです。

 

自分のキャリア・アンカーを知る意味

日本では、まだ、マインド・制度ともに人事異動やキャリアは会社が決めるものとなっているところが少なくないと思います(特に大手企業や伝統ある企業)。

その一方で、現代は大企業であってもリストラは珍しくなく、順風満帆の会社人生を歩んだとしても60代で定年、その先も人生はまだ続きます。

戦後の日本だけ見ていると、会社が人生の大部分を面倒を見てくれるものだと思ってしまいがちですが、人間の歴史を振り返れば、それは極めて例外的な時代だったと思えてきます。

それ以前は、知恵や工夫、人脈をつないだりして、収入を得る術を身につけて生き抜いていく時代だったと思います。そう考えれば、組織に人生を預けることができる例外的な時代が終わっただけ、ともとらえることができます。

そういう時代に必要なのは、自分で自分のキャリアをデザインすること。

そのためには、まず自分を知ることが出発点。

このワークブックには、キャリア・アンカーがわかる質問票がついています。自分のアンカーはこれだろうと決めてしまうよりも、まずは、ワークブックの質問を答える形で導かれるアンカーに出会ってみることをお勧めします。自分のことは実は自分が一番わかっていなかったりすることもあります。

また後半には、誰かにインタビューしてもらって自分のそれまでのキャリアを振り返るためのワークもついていますので、人に自分のキャリアを伝えた経験がないかたはこちらも是非どうぞ。

 

自分の人生に自分で責任を持つ。そのマインドが広がれば、膨れ続ける日本の社会保障費を抑制することにもなり、本当に必要なsafety netに税金等を使えるのではないかと思います。

 

社員やチームメンバーのキャリア・アンカーを知る意味

持っているキャリアアンカーそれぞれに、彼・彼女が喜ぶ仕事、給与・福利厚生体系、 昇進制度、承認の仕方は異なります。 この本にはそれらの概要が書いてあります。

せっかくならば、彼・彼女たちにぴったりな仕事をしてもらって成果を上げてもらったほうが効率的ではないでしょうか。

せっかくならば、彼・彼女たちがとても喜ぶような褒め方をしてあげたくありませんか。 

正直なところ、全てのアンカーに対応できる制度を用意することはまず不可能だろうと思います。ただ、個々の社員やチームメンバーがひとりひとり違う人間であることを理解し、それぞれのモチベーションがどこにあるのかを知ろうという意識、できるだけそれを経営に活かしていこうという考えや試みがあるか否かは、違いを生むのではないかと思います。組織がそのような努力を怠ると、悪くすると優秀な人材もその組織を離れてしまうかもしれません。

 

多様性の時代、働き方改革が叫ばれる時代。

人間らしさが改めて尊重される時代だといえると思います。

ひとりひとりが本当の自分の価値を発揮できる、そんな生き生きとして活気のある社会になっていくことを願ってやみません。

 

キャリア・アンカー―自分のほんとうの価値を発見しよう (Career Anchors and Career Survival)

キャリア・アンカー―自分のほんとうの価値を発見しよう (Career Anchors and Career Survival)

 

 

 姉妹本

キャリア・サバイバル―職務と役割の戦略的プラニング (Career Anchors and Career Survival)

キャリア・サバイバル―職務と役割の戦略的プラニング (Career Anchors and Career Survival)

 

 

キャリア・デザイン・ガイド―自分のキャリアをうまく振り返り展望するために (Career Anchors and Career Survival)

キャリア・デザイン・ガイド―自分のキャリアをうまく振り返り展望するために (Career Anchors and Career Survival)

 

 

関連図書 

働くひとのためのキャリア・デザイン (PHP新書)

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